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DATUMS 1991.12
クラインガルテンの夢

菅原 敏夫  東京自治研究センター



[金ピカの80年代]
  山の頂は、過ぎてみなければわからない。このことは山についてだけ当てはまるのではなく、時間と歴史にこそよく当てはまる。91年はこのことを如実に示した年となった。「金ピカの80年代」は文字通り、80年代最後の年である90年に終わりを告げ、20世紀最後の10年は人類の締めと反省の度合いを問う10年となるだろう。
  みんなが浮かれた「平成景気」は、実は、もう去年に終わっていたのだという説が有力になりつつある。ただしこの論争はいささか教義問答めいている。日本の景気は、経済企画庁がすべての景気指標を「総合判断」して決めるということになっている。政治と同じように日本の契機の決め方も不透明だ。だが事実は、たとえばごみの量、本当を言うと去年から減り始めている。電気も去年度比マイナスに転じた。

[都市のオープンスペース]
  あのときが下り坂だと後になって気付くような、今年起こった取り返しのつかない失敗を一つあげるとすれば、それは生産緑地法の改正だろう。農地税制の改正とあいまって、三大都市圏の市街化区域内農地を宅地にしようとする法律である。保全すべき農地に関しては生産緑地指定による30年営農と転用制限か、市街化調整区域への逆先引きの選択を迫ろうというものである。首都圏には対象となる市街化区域内農地が3300haある。
  現在農家の意向調査が最終段階にさしかかっている。都心に近いところでは6割、あるいは3分の2という農家が営農継続を決意しているという。しかし少し周辺になると悲惨だ。圧倒的農地が宅地化される雰囲気である。都市に足りないもの、それはオープンスペースである。どんな無理をしても確保しなければならないものは市街地内の緑地であろう。今度の踏み絵は日本の都市が緑で蘇生する最後のチャンスを奪い去るものとなろう。

[市民農園]
  一つだけ改正生産緑地法には救いがあると見えた。「市民農園」に利用も可というのである。しかしこれも条件は厳しそうだ。法律でいう市民農園にこだわらずとされているが、そもそも市町村に市民農園の計画が乏しいのだ。農地を積極的に市民農園に転換しない限り、日本の市民農園(クラインガルテン)は一場の夢となる。

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