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DATUMS 1991.12
顔の見える「国際化」議論を

高井 晃  労働組合東京ユニオン・CALLネットワーク

■たかい あきら


  先日、一橋大の学園祭で外国人労働者問題について話す機会があった。70人ほどの学生は熱心に聞いてくれて、質疑も含めると3時間半の場であった。
  半数以上が外国見聞経験があるという。質問は「外国人がふえると治安が悪くならないか」とか「日本社会は排外的だから外国人を受け入れると酷いことをしかねない、その意味で慎重であるべきでは」など、面白いものがあった。しかし「頭」で考えすぎているように思った。私は「まずつき合ってみればいい、自分の感覚で考えること大切」と答えをなげかけた。
  先日の私の朝日新聞の外国人労働者問題のインタビュー記事への反応とも共通していたものがある。同記事は賛否半々だったが、外国人労働者の受入れ否定派も「国際化社会は避けられない」ことは大前提していることだ。少なくとも、観念としては。
  しかし、この「国際化」なる言葉の定義は曖昧でよく分からない。官庁や評論家の作文にはよく登場するが、具体的に何がどうなることか、「国際化」とは何をさすのだろうか。みんな戸惑っているように思う。
  お役所は悪名高き「タテ割行政」で、各省ごとに「○○○の国際化について」というペーパーは出す。しかし、それが全体として私たちの生活にどう影響を及ぼすのか、サッパリ私には分からない。
  いま一つ分からないのは「開国か、鎖国か」などという議論の仕方である。オイオイ、世界にめいっぱい触手を伸ばしている金満ニッポンの「鎖国」ってなんだい、と思うのである。議論の出発点からしてインチキくさい議論が、外国人労働者をめぐっては多いと思う。
  だいたい「外国人(労働者)をどうするか」という前に同じ人間として、「何をしてはいけないか」という事をきちんと踏まえた制作や意見があってほしいものだ。「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと勝手」という有名な法務省見解は未だに訂正されていない。土台に据えるべきは「人権」の二字なのである。
  あしかけ4年になる「CALLネットワーク」のドタバタ活動から本が生まれた。『あなたの街の外国人』(第一書林刊)と名づけた。外国人問題はあなたの隣人の話だよ、というメッセージがこめられている。「生活」「労働」「入管」の具体的なトラブル解決編と、「外国人人権条例」「アムネスティ(特別在留制度)の実施を」と訴えている。

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