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DATUMS 1991.07
安く遊ぶにも伝統が必要

中沢 孝夫  労働問題評論家

■なかざわ たかお

  イギリスの郵便配達の出勤時間は朝6時である。日本よりもはるか北に位置しているので冬などは8時過ぎてからやっと明るくなる。だから通勤時間の長い人は大変だろう、と事情を知らない人間は同情する。しかし出勤時間を変えようとしているのが経営者側で、労働者側はあくまでも変更を拒絶している。経営者側の言い分は効率にあるが、労働者側の言い分は長い習慣による生活のリズムの墨守にある。
  イギリスの郵便配達は12時半になったら家に帰り、百姓をしたり大工仕事をしたりという時間が待っているのである。だから彼らはなるべく早く家に帰るために勤務時間ないに休憩や休息を設けて、拘束時間を長くすることを嫌う。彼らは6時に出勤してから帰るまで、15分のティータイムがあるだけだ。仕事が嫌いということでもないし、職場の仲間が嫌だというわけではもちろんない。要するに企業というものに対する距離の置き方が日本とは違うのである。
  家に帰って家庭菜園(といってもけっこう広い)の手入れをしたり、大工仕事をしたりすることを職場と同じ程度大切にしている。一汗流した後、簡単な夕食を済ませ(本当に彼らの食事は貧しいと言うべきほど簡単だ)、なんとなく夕方の6時くらいからパブに集まってくる。大きなジョッキで1-2杯をけっこう長い時間かけて飲むが、つまみはポテトチップスか豆程度だ。一晩で使う金は日本円で600円程度である。そこでは何年か前のストライキの話や、夏の休暇をどう過ごすかといったことが話題となる。普通の労働者は手近なキャンプ場で一週間以上も過ごすのが一般的だ。日本のように行楽地に人が殺到することもなく、自然にも恵まれてはいるが父親の重労働は相当のもののように思える。
  『レジャー白書'91』によると、「仕事よりも余暇に生きがいを求める人」がここ3年間で、7.9―9.9―10.8%と増えている。そこで思うのだが、日本の父親の何%ぐらいがテントを張ったり、自炊をしたりできるだろう。安く遊ぶにも伝統が必要なのかもしれない。親に遊んでもらった経験が子供を遊ばせる知識をつくるのだ。伝統をつくることは工業製品をつくるのとはちがって、何世代かはかかるものだが、ライフ・スタイルもまた伝統に深く規定されるもののひとつである。

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