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DATUMS 1992.12
海外旅行者の意識変化

松井 一郎  (財)日本交通公社旅行調査室長

■まつい いちろう


  「客が来ない」というつぶやきが、ホールセール部門の担当者からもれはじめたのは今年の春先からである。それまで、旅行業界では「法人需要には陰りも見えるが、個人需要は堅調」と言われてきた。事実、バブルがはじけて景気低迷が言われるようになったのは昨年の秋口であるが、91年9月〜12月の海外旅行者数は395万人、前年比8.5%増であり、91年初頭からつづいていた湾岸戦争の影響を脱したと考えて当然といえよう。
  92年に入っても1〜3月は順調に見えた。湾岸戦争による大幅減を回復したばかりでなく、90年と比べてもフタ桁の伸びが続いたからである。しかし、高価格の第1ブランドが伸びず、低額の第2ブランドの増加でカバーしている状況であり、さらに、GWを控えた4月中頃には「GWに空席がでそうだ」という声も聞かれ始めた。現実に4〜5月の主要35社の海外パッケージブランドは、90年対比でみると取扱人員こそ4.1%増だが、取扱額では5.6%減である。
  一般に、旅行動向は景気動向に半年ほど遅れて影響をされる、と言われている。そうであれば、景況が好転しさえすれば海外旅行も低迷を脱して再び10%以上の高い伸び率を回復するであろうし、過去にも第1次、第2次オイルショックの後はその通りになってきた。しかし、現在の海外旅行市場低迷の原因がバブル崩壊後の景気後退だけにあるとは言えない。
  海外旅行市場は85年から90年にかけて倍増した。その急成長の中に構造的な要因が潜んでいるのである。拡大する市場に群がる新規参入と競合激化、航空座席やホテル客室の供給不足、市場の大衆化にともなう社会的責任の増大などが業界各社の課題として膨らんでいる。さらには、旅行者が海外旅行の慣れてくることからくる旅行行動の成熟化をベースとした意識変化である。
  成熟化した旅行者は、自らの旅行体験と積極的な情報接触によって宿泊施設や観光施設ばかりでなく、ショップやレストラン、劇場などあらゆる旅行先情報に詳しくなる。
  さらに、それらの情報を駆使して、個別の旅行の目的を達成するための選択眼を持つようになってきている。いま、そのような旅行者が増えているのである。しかも、このような人々は「海外旅行をしたい」という気持ちも強く持っている。
  バブル崩壊とそれにつづく企業の業績悪化による収入減、週休2日制の定着や有給休暇の取得の進展を核とした休暇増などといった社会的な背景が成熟した旅行者の行動を変化させている。「第1ブランドより第2ブランドが売れる」「申し込みのタイミングが間際になってきた」「価格の高いピーク期を避け、オンショルダーや低料金のオフに流れている」といった現象がそれである。
  「海外旅行はしたいけど、それほどの支出はできないし、ホテルの質や旅行先での楽しみのレベルは落としたくない」という人たちが多い。しかも、休日はかなり柔軟にとれるようになってきているし、パッケージツアーを比較検討できるだけの経験、情報を持っている。このような成熟した旅行者が、同行者との休暇時期の調整をしながら、数冊のパンフレットやツアーカタログを比べている光景が目に浮かぶ。
  バブル経済の中でハイな気分になっていた旅行者が湾岸戦争後には踊るのをやめ、バブルの崩壊によって冷静さを取り戻し、賢い旅行者に立ち戻ったとも言える。

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