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DATUMS 1992.08
休暇訴訟判決の反動性
(6月23日最高裁判決に原告が主張する)

山口 俊明  時事通信社記者

■やまぐち としあき
 1942年生まれ。大阪外大ロシア語科卒業 休暇裁判を起こしたのは80年春。当時科学技術クラブに詰め、主に原子力を担当。欧州の原子力事情を取材する目的で1か月の休暇を申し出たが、認められなかったため業務命令を無視して欧州旅行に出かけた。


  私が社を相手どって11年以上争ってきた夏期休暇をめぐる訴訟の最高裁判決が、去る6月23日あった。結果は新聞・TV等で報道された通り当方の実質敗訴。第三小法廷坂上寿夫裁判長は「労働者がまとまった日数の休暇をとる場合、十分な事前調整をする必要があるのに、原告はそれをしなかった」などとして、社の時期変更権行使を適法と判断、「有給休暇は労働者の権利であり、安易に時期変更権を行使してはならない」とした二審判決を覆した。
  時代に逆行した反動的判決である。私は判決を聞いた瞬間、一審で敗訴した際、オーストリアの新聞が「ミネルバの烏は夜遅く飛び立つ」との哲学者ヘーゲルの有名な言葉を引用しながら、日本の裁判官の時代遅れの感覚を皮肉ったことを想い出した。
  東京高裁の森綱郎裁判長がせっかく、世界の潮流にまで視野を広げて、社の人権侵害を断罪したのに、これまでは早起き鳥カッコーから、また烏へ戻ってしまったことになる。最高裁は、長期休暇取得が日本にも定着すれば、それをみて、世界の中が寝静まるのを待って安心して飛び立つ烏よろしく、「労働者の権利である有給休暇を企業が安易に侵害してはならない」などと、もったいぶった判決を下すのであろうか。
  それにしてもひどい判決だった。はじめに「労働者側には勝たせない」との思い上がった政治的判断(結論)があって、その結果を導くために、社側主張の都合のよいところをつまみ食いして判決理由を書いたばかりか、実態を無視した説教までも垂れているのである。法に照らして厳正に事実審査をしたとはとても思えないのだ。
  判決の最大の特徴である「事前調整の必要性」なる概念が、そのことを端的に物語っている。私は12年前、1か月の夏休みを取るにあたり、マスコミ家業の実態からすれば異例に早く、2ヶ月も前に休暇届を提出したばかりか、三人の同僚記者が私の休暇中の穴をカバーしてもよい旨、社側に申し込みもした。さらに旅先の連絡先も提出し、万一大事故が発生すれば急きょ帰国するとまで伝えていたのである。これ以上の「事前調整」はしようがないではないか。このため裁判では、社側も「事前調整云々」はまったく主張しておらず、そんな言葉すら一度も使われたことはなかった。
  にもかかわらず、「事前調整の必要があるのに、原告はそれをしなかった」と判決した最高裁第三小法廷。これは「体制暴力」の一語に尽きる。問答無用のヤクザの世界の論理である。
  しかし、最高裁が低次元の安っぽい企業擁護の発想から、暴力的に判決を下そうとも、時代は今や時短に向けて流れておあり、この流れを押し止めることはできないだろう。
  労働者がたかだか1か月の休みすら取れずに、なにが経済大国、生活大国か。国民の側から力強い運動で一刻も早くバカンス権を確立し、時代の評価が定まった後でしか飛び立てない、哀れな烏どもをあざ笑ってよろうではないか。

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