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DATUMS 1992.09
歩くカルチャー教室

今野 信雄  歴史作家

■こんの のぶお
 1927年生まれ。慶應義塾大学卒業。ラジオ、テレビのシナリオライターを経て、現在歴史作家。主な著書に『史跡をあるく』『鎌倉史話紀行』(青蛙書房)、『江戸の旅』(岩波書店)などがある。


  鎌倉博士ぞくぞく誕生――土曜・日曜の北鎌倉駅は人波の行列で、電車を降りて改札口までたどりつくのも一苦労。それほど鎌倉の人気はものすごい。ひとつにはどっしりおちついた伽藍があり、裏道へまわれば昔ながらの生垣をめぐらした住宅が並んでおり、背後には緑の山があるからだろう。無理もない。都会のマンション暮らしならそれが心のオアシスになるのかもしれないが、しかし、鎌倉は歴史の町なのだ。その歴史や史跡を知らずして漫然と歩くのでは、仏つくって魂入れず。そこで私個人で鎌倉の史跡歩きを募ったら、実になんと60余人…。
  実は、私は5年ほど前から、ある新聞社とデパートが催すカルチャー・センターで「鎌倉歴史散策」という講座をもっている。新聞社の方は自宅からの距離が遠く1年間でうちきったが、デパートの方はあいかわらず全盛だ。この企画は月1回教室で講義をし、2週間後に実地にその史跡を歩く行動的レクチャーで、1年間で12コース設定している。1回のコースは約6〜7キロ。午前10時半に鎌倉駅改札口に集合し、史跡とその因果関係をひとつずつ説明してまわって解散はほぼ4時頃。雪の日も炎天下でも一日も欠かしたことはない。史跡は全部で170ヶ所。鎌倉にそんなに史跡があるんですかと聞かれるが、私が案内したいところはざっと220ヶ所だから大分目減りしている勘定だ。デパートでは参加者はとくに女性に限定しているから、私はまるで、ハレムにいるような気持ちで「そもそも鎌倉幕府の跡は3ヶ所ありまして…」とやるのだから不粋だが、意外にも受講者は万難を排して集まってくる。今やカルチャー・センターは教室内から外へと発展しているのだ。私は中年女性がこれほど「歩くこと」が好きだったとは知らなかった。
  しかるに友人からクレームがついた。「女性ばかりとは何事だ。俺達にもチャンスをつくれ」と。そこで20人も集まればと思っていたところ、ふたをあけたら前述のようになんと60人。これだけ一度に鎌倉市内を歩くのは無理である。そこで二組に分けてデパートコースと同じ、1年間に12コースを歩きとおした。しかし、このグループも男性が3割に対して女性が7割。そして私の情熱あふれる説明に、真剣に聞き入るのはやはり中年の女性たち。今や女性の知識欲は男性よりもはるかに貪欲なのだ。そして彼女たちの日記には、見学の印象が実にくわしく記録されている。
  私はこうして1年間歩きとおした女性たちを、躊躇なく「鎌倉博士」と呼んでいる。なぜならば、これだけのコースを歩き、鎌倉の歴史を目で見、肌で知った人は全国に300人とはいないはずだからだ。また1日6〜7キロも歩くために、1週間前から歩く訓練をしたという女性もいた。世の中すべて無分別なオバタリアンばかりではない。だからこそ私は喜んで鎌倉のガイドを引き受けているのである。

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