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DATUMS 1993.10
「過疎」と「過密」のジョイント実験

宮崎 文隆  「過疎を逆手にとる会」事務局長

■みやざき ふみたか
 1946年広島県三次市生まれ。76年に県北レクリエーション協会、86年に「過疎を逆手にとる会」のそれぞれ事務局長に就任し、88年23年間努めた電気工事、会社を退職。主な著書に『ひとが輝きまちが輝く』『まちが輝く』(ともに共著、第一法規)『ピンクムードゲーム』(共著、成美堂)など。


  「過疎地」と「都会(過密)の労働組合」とのジョイントは、「まち起し」や「人を輝かす」「輝爆剤(起爆剤)」になるのではないかと私は考えている。
  何故そう思うようになったかを少し話してみる。私は現在「過疎を逆手にとる会(通称過疎逆=カソサカ)」の事務局長をしている。「過疎逆」とはまちづくりの研究グループである。全国に約500人の会員がいて、現在11年目を迎えている。また元気の出るまちづくり、元気の出る労働組合づくり、そして元気の出る人づくり等の講演活動も今年で6年目を迎えている。
  過疎逆が1982年4月24日に発会する時に「過疎を逆手にとる法10条」を過疎逆の理念として創った。その中に次のようなものがある。
 ・「過疎」は「魅力ある可能性」と信じること。
 ・「ない」ということは「なんでもやれる」という可能性があること。
 ・キーワードは「過密」とのジョイント。
  というわけで、「過疎地」と「過密」とのジョイントは常に頭の中にあった。が、現実はなかなか進まない。それは何故か?
  ジョイントするときに「過疎地」は「過密」に、「過密」は「過疎地」に過剰の期待をするのである。このことは今の若い人の結婚する時の「幸せにしてね」の発想とよく似ている。「二人で共に苦労しようか」という発想がないのである。だから双方とも「こんなはずではなかった」ということになる。
  しかしここにきて「過疎地」も「過密になる過疎地の魅力」を自分自身で掘り出し始めている。また棚からボタ餅的のジョイントは夢のまた夢であることにお互いに気が付いてきた。
  「過疎地」とジョイントして、共に苦労しても「共に生きがいのある豊かな生活空間」を創造できる可能性が高いのは、「都会(過密)の労働組合」にあるのではないか。ジョイントする時にお互いに利潤を最優先しなくてもよい、豊かさを共有できればよいからである。
  例えば、過疎地で滅びようとしている伝統文化(神楽、田舎歌舞伎、人形浄瑠璃、花田植など)を「過密の人」(労働組合員とその家族)がグループを組んで習いに行く。本気で習う人がいれば、過疎地の高齢者が持っている伝統文化は活性化する。また過疎地の若い後継者も、教える人がいると、今のうちにキッカリ先輩から習おうと活性化する。継続力が必要である過密の人にもかなりの刺激と面白さがある。また過密の人も教えてもらうかわりに過疎地の人が都会で伝統文化を表現できる舞台をつくる。喜びあえる交流の一つ例である。
  もちろんそう簡単にできるものではないが、こんな視点で「過疎地」と「都会(過密)の労働組合」のジョイントを研究することが本格的に始まってもよいのではないか。この実験は「もち起し」や「人を輝かす」強力な輝爆剤になると思う。

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