[BACK]
DATUMS 1993.12
新党は浸透するか?

中沢 孝夫  評論家

■なかざわ たかお
 1944年群馬県生まれ。立教大学法学部卒業。主な論文に「手の仕事を生きた人々」(「エコノミスト」連載)「GM・ステンペル会長解任の舞台裏」(「東洋経済」)など。論文「良質な社会と自己訂正能力」で第9回高橋亀吉賞(東洋経済新報社)を受賞。『エコノミスト』『東洋経済』『世界』などに論文多数。


  政治家にとってもっとも大切なことは、「次の選挙にどう勝つか」であることはいうまでもない。そのとき政党に必要なことは大衆的な指示を獲得するための手段の入手である。デマでもムードでもなんでもよいのだ。正しいことを主張して大衆の人気を集めればなおよいのだが、正しい主張というものはだいたいおいて人気がないし、ウソをいうと反動が大きいので、さしあたってムードで行くのが無難となってくる。
  日本新党の政策集などを読んでいると、地方分権にしても何にしても方法論と議論のツメの甘さに驚くものがある。「新」という言葉と、細川代表のキャラクターだけが勝因であることは誰でも気が付くことである。もちろん自民党と社会党にもう充分厭きたことが一番の原因だ。しかし日本新党の個々の議員のタマの悪さは、最近は週刊誌ダネになってきてだんだんわかってきたが、あと半年もすればもっとはっきりするだろう。また松下政経塾などというものは、モラトリアム族の溜まり場に他ならない。おまけに細川代表自身に党を育てる意思がみられないこともはっきりしている。もともと細川氏は個人プレーの人であり、組織的に「決定」を」する人物ではない。
  細川代表にブレーンが多いのは事実だが、それは細川首相個人のブレーンであって日本新党の役にはたたないだろう。日本新党の勝利は前回の選挙時における土井ブームによる社会党の勝利と同質である。いや党員と地方組織の貧弱さ、そして運動を経験していない脆弱さは社会党以下である。ドロナワのファンクラブであって政党の体をなしていない。55年体制を崩壊させた細川代表の能力と役割の大きさは評価するにやぶさかでないにしてもである。
  それに対して、新党さきがけや新生党は、「新」とついてはいるが、ルーツも経過もはっきりしており、実質は「旧」の悪い部分を古巣んい置いてきたと思わせる巧みさがある。
  最終的なヘゲモニーは、新生党と新党さきがけが握っている。もちろん小沢一郎氏には「金近小」の経過があり、自民党・竹下派の暗さがつきまとい、新生党の議員の質も自民党を超えるところはない。しかし小沢氏の『日本改造計画』は“論点提起能力”という並ではない実力を見せている。ゴーストライターやブレーンがとりだたされているが、日本新党と異なるのはその政治的な組織化の巧みさである。新党さきがけは自民党のすぐれたリベラルの部分を継承し、かつ田中秀征氏という勝れた質をもっているが、組織としての全体像がみえてこないうらみがある。
  土井たか子議長や細川代表のカリスマ性は政治に欠かせない要素だが、組織的な継続性という意味では、小沢一郎氏のもつ構想能力と権力への意思は日本の政治家では際立ったものがあるだろう。その国家観や背景に見え隠れする強者の論理に対して、ヨーロッパからの輸入ではない、私たちの国にみあった社会民主主義を構想することも可能だと考えるが、旧党の側で論争を組織化する契機がみあたらないのは残念である。
  新党が大衆に浸透するにはまだまだ時間がかかるが、旧党のリニューアルよりは早いような気がする。

[BACK]