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DATUMS 1993.12
Jリーグとは何だったのか?

松井 渉  (株)インタークロス研究所 会長

■まつい わたる
 1948年、京都市生まれ早稲田大学政治経済学部卒業後、新聞社、企画会社、出版社を経て、82年にインタークロス研究所を設立。83年より「日本イベント大賞」を主宰。主な著作に、『究極の集客術・企画術』(東洋経済)『イベントのねらいと進め方がスカッとわかる本』(かんき出版)など。


  Jリーグは、他分野との比較関連で語られることが多い。
  同じプロスポーツとして、プロ野球と比較される。TV視聴率、試合への動員数、ファンの年齢層、選手の契約金、ユニフォームのデザインからスポンサー企業の規模までよくも話題が尽きないものだと、感心するばかりである。ただし意味がある比較は、圧倒的な運動量の違いであろう。なにしろ野球では、攻撃選手の大部分がベンチに座っているのに対し、サッカーは常に全力で走り回っているのだ。
  ワールドカップは、大規模なスポーツ大会として、オリンピックと比較される。都市が主催者となり、クールベルタン男爵以来のアマチュア主義が支配する近代オリンピックは、ギリシャのアテネで開かれた第1回大会よりしばらくの間、絵画や彫刻の展示、ダンスの披露などと並行して開催されていたことは、周知のとおりである。高校や大学の総合文化祭に近い。アマチュアが個人の資格で参加して「美」と「健康」を競う祭りは、ヨーロッパの貴族趣味を彷彿とさせる。
  一方ワールドカップは、国単位で参加する団体戦である。オフサイドを除けば、用事にも理解できるルールである。イランとイラク、韓国と北朝鮮がアジアの代表の座をめぐって試合する様は、スポーツが「平和な時代の戦争」であることを実感させる。(中南米のように国際試合に負けたことから実際に開戦したケースさえある。)
  マスコミの「言葉狩り」に見られるように人間の選別化が急速に進もうとしている日本のような超過密社会においては、絶対的なヒーローが待ち望まれている。複雑な「戦略」を駆使した結果としての「抽象的な勝利」ではない。市民が英雄を自分達の仲間として共感でき具体的なイメージを実感できる、そんなシーンなのだ。
  若い世代から人気を得たF1を始めとしたモータースポーツは、わずか数年で熱気が萎んでしまった。中島悟や鈴木亜久里といったスターを目指した日本人たちがついに1勝もできなかった。セナやプロストには、多くの日本人は好意を持てるが共感を抱くには至らなかったのだろう。大相撲の曙や武藏丸に見られるように、日本人が考える国際化とは、外国人が日本化することである。日本に帰化し日本女性と結婚したラモスや、地元ではカッパというあだ名がついたアルシンドは、まさにその成功事例なのだ。
  従って、大都市ではなく小さな町をフランチャイズとしたチームが勝つことは当たり前である。彼らはよくまとまり、同時に勝つことの意味を知っているのだから。ヒト・モノ・カネは皆全部、情報を発信するところに集まってくるものなのだ。日本化したJリーグが、それぞれの地元から次々に新しい英雄を登場させるストーリーを生み出し得るかが、今後の活性化のポイントになろう。

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