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DATUMS 1993.02
<外食> グルメ地図の中のもつ鍋

見田 盛夫  評論家

■みた もりお
 1993年生まれ。1957年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京放送(当時ラジオ東京)入社、報道畑を歩く。1989年に退社、主に料理を対象に評論活動に専念。フランス料理との出会いは1960年頃。『東京関西フランス料理店ガイド・グルマン』(年刊共著)『レストランの美食学』など著書、編著多数。


  社会における好みの多様化は、正規分布によって近似されるように思われる。多様性の一つ一つが持つ人数は少なく、大多数は極めて狭い好みに集中するというわけである。
  この性向は、野次馬的付和雷同性向の強い日本人において特に顕著なようで、その場合、この誤差曲線は、頂上部分が極度に高くなる傾向があるとみて差し支えないようである。この大多数を支配するものが極大利潤を手中に収めることができるというわけだ。
  大多数の支配は、野次馬的付和雷同性向を刺激することによって行うことができる。かつてのティーラミスーの爆発的ブームが雑誌「HANAKO」によって引き起こされたように、またイタリア料理ブームも、フランス料理のブームのあとの中だるみ状態の間隙をついたマスコミの煽動によるものであったように、大多数の、つまり大衆の、ちょっとした心理的空白状態に乗じて、ほんのささやかな刺激を与えれば、その刺激は鼠算的に伝染する。
  いわゆるバブルの崩壊によって引き起こされた不景気風は、日本の労働状況からしても、サラリーマンにはさほど大きい打撃を与えているとは見えない。にもかかわらず、支出を控えなくてはならないような心理状態に追いやられている。しかも、イタリア料理ブームが去ったあとの空白を埋めるものはまだ出現していない。
  その心理状態に乗じて、雰囲気的にも現状に似合う「もつ鍋」なるものが、東京、大阪などの繁華街で相当のブームを巻き起こすにいたった。
  このような一連の動きを見ていると、「もつ鍋」ブームも、不況という社会状況にマッチした食べ物としてマスコミが仕掛けた「もつ鍋」という餌に、大衆というかかり易い大魚がかかったということなのではなかろうか。
  資本主義社会では、資本は極大利潤を求めて動く。そうした資本にとって困るのは、野次馬的付和雷同性向である。この熱しやすく冷めやすい性向をつなぎ止めておくためには、常にその性向を刺激し、出動させる方法を用意しておかなくてはならない。食および社会の動向と、そこに生じる大衆の心理的空白とを見極める目。それはマスコミと同じ目なのである。ここにおいて、マスコミと「食」資本との利害は一致する。
  「もつ鍋」ブームは、結局、このようにして誘導されたものであって、とすれば長続きはしないだろう。フランス料理は、ブームが去ったあとも、着実に生き残った。バブルの崩壊によって、さらに地が固まった趣さえある。その理由を、ここで詳述するゆとりはないが、結局は、料理の質と価格、つまり何度も食べに行きたいと思わせることが永続性を保証するのである。

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