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DATUMS 1993.02
地方文化と大学開放

高瀬 昭治  徳島大学総合科学部教授・大学開放実践センター長

■たかせ しょうじ
 1929年生まれ。1953年東京大学文学部卒業。東京12チャンネルなどを経て、朝日新聞社入社。「朝日ジャーナル」編集長などを歴任後、1986年から現職。専攻はマスコミュニケーション、平和研究などを運営する全学機関である大学開放実践センター長を併任。著書は『安全保障とは何か』『交渉力の研究』(共著)『1990年代日本の課題』(共著)など。


●成熟にはほど遠い日本の市民文化
  地方から見た大都市の魅力とは何だろう。
  ひとことでいえば、大都市の待つ自由で開放的なライフ・スタイルだと思う。大分県の平松知事によれば、都市の「匿名性」に魅力を感じるという。確かに、私が住む徳島でも、いつも誰かの目が光っており、人に知られずに好き勝手に暮らすのは容易ではない。また、地元新聞の投書欄に匿名の投書が多いのを見てもわかるように、ここでは自分の意思をはっきり言うと嫌われる。
  こうした風土は決して徳島だけではないと思う。地方には、農村共同体的な相互依存型の生活文化が根強く残っている。工業生産が生み出した都市型の市民自治の文化は、まだ成育過程にあるといえる。
  だが、よく注意してみると、これは地方だけの問題ではない。程度の差はあれ、国際都市といわれる東京にも、あるいは超一流企業の内部にも、回りを気にする農村共同体的な“横並び文化”が色濃く残っている。自己責任を意識した自治型の、個性豊かな市民文化は、成熟にはほど遠いのがわが国の実情であろう。

●大学開放により自治型の市民文化へ
  ところで、私たちの大学は6年前から、成人対象の大学公開講座を精力的に開講してきた。現在、年間45講座ほどが開かれており、遠隔地へは出前の公開講座も行っている。
  明治以来、日本の大学は高等教育と研究を行うことを使命としてきたが、私たちは大学の開放、つまり研究成果の地域社会への還元を、大学の第3の機能として重視してきた。
  現在、各地の生涯学習の場で教養講座や趣味・技能講座が花ざかりである。私たちは、大学がそれに何をつけ加えることができるかを問い続けてきた。問題は、そこでの学習が個人の教養・趣味・技能に終わっていることでる。“国際社会に生きる市民自治としての政治文化”に関する学習の場が少ない。そんな反省から、私たちの大学では、「日本語教師養成講座」、「新しい時代の街づくり」、「アジアと日本」、「子ども権利条約」、「地球環境を考える」、「PKO活動」などの公開講座が生まれた。
  生涯学習の最大の目標は知識や技能の習得だけではない。新しい時代にふさわしい考え方、生き方の確立である。具体的にいえば、共同体型の仲間依存文化から、自己責任を自覚した自治型の市民文化への意識変革である。私たちの大学開放がねらっているのは、国際社会を生きる市民への、まさにこの“パラダイム転換”にほかならない。

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