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DATUMS 1993.02
<自動車> 元気な車は「基本」で走る

武田 徹  ノンフィクションライター・評論家

■たけだ とおる
 1958年東京都生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。構造主義、ポスト構造主義思想を経由した批評的、分析的スタイルで、現象の底に潜む「隠れた制度性」を浮き彫りにする手法に定評がある。著書に『ジャーナリストは「日常」をどう切り取ればいいのか』『「流行」とは何か』『世紀末風俗研究』など多数。


  70年代の石油ショック、80年代の円高不況に苦しめられつつも危機を乗り越え、その度に力をつけてきた日本の自動車業界が、バブル崩壊後の今度ばかりは本当に青息吐息だ。11月の新車登録台数は前年比で12,3%減となっている。
  バブル期にはスタイル、装備の細かな差異で購買を誘う方法が通用した。典型的なのはマツダで、マツダ店、ユーノス店、オートザム店のチャンネルごとに僅かずつ味付けを変えたクルマをラインアップした結果、広報部の人間ですら正確に車名を把握できないほど車種が膨らんでいた。しかしそうした小さな差異作りによる新車攻勢では緊縮会計の財布を開かせることが今や不可能となった。多車種化を最も積極的に進めたマツダは、ファミリアを除く全車で前年の販売台数を下回る深刻な成績不振に悩んでいるし、他社もそれを静観できる状況ではない。
  ところがその中で「元気」な日本車も少数ながら存在している。たとえば日産のマーチは92年1月から11月までの販売台数で前年比69.7%増と基幹車種のサニーに迫る勢いだ。マーチがどんなクルマかは日本車初のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた事実に明らかだろう。ターボや電子制御メカと言った日本得意のハイテク装備ではなく、基本性能の良さが評価されての受賞だった。
  もう一台の「元気」車はトヨタのマーク2だ。発売2カ月後の11月には前年比30%増を記録し、全国産乗用車中、登録台数でトップに踊り出た。このマーク2も基本性能を大幅に見直している。バブル盛んなりし頃にモデルチェンジを果たした先代、先々代のマーク2の場合、いかにもマーケティング戦略的作りで、走行性能を磨くよりも、隣のクルマよりも僅かでも豪華に見せることに腐心していた。ところが今度のマーク2は、走る、曲る、止まるといった基本性能でメルセデス並みと評価されるほどの洗練されたモデルになって登場した。
  バブル崩壊後、やたらに華美を競うのではなく、基本を見つめ直したクルマが現れ、売れている。これは良い傾向だと思う。ただ気になることもある。たとえばマーチは旧型より平均で約15%高くなったが、売れ筋は廉価グレードに偏っている。これは結局、安さが購買動機となっている事情を窺わせる。バブル期に高価なものが売れ、不況の時代に割安なものが売れるのは、消費の風向きが反対になっただけで、価値観の質的変化を伴っていない。国際的に通用する基本性能の充実は当然歓迎するが、そこにかかった時間と手間とコストをも受け入れる土壌までが消費者サイドに育ったかと言えば大いに疑問なのだ。
  で、メーカーは丁寧な作りのクルマでも、やはり薄利多売を続けざるをえない。マーク2も明らかに安すぎる価格設定で登場している。
  基本が出来ている商品は長く愛用できるから、ある程度高くても結局は割安になる。啓蒙というと傲慢だが、メーカーは消費者がそう認識できるように彼等を少しずつ教育してゆく努力をなんらかの形で進めるべきではないか。品質に見合った値段を付ける勇気と自信をメーカーが持たなければ、不況からの出口を自ら狭き門にしているようなものだ。

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