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DATUMS 1993.03
南部曲屋で、アジアの暮らしの形に学ぶ

金子 量重  アジア民族造形文化研究所所長、(財)アジア民族造形館理事長

■かねこ かずしげ
 1925年神奈川県生まれ。國學院大學文学部史学科卒業。アジア民造研、造形館での活動の他、中京女子大学客員教授、沖縄県立芸術大学講師、国民文化祭委員、外務省南西アジア無形文化財調査団長などをつとめる。著書に『日本とアジア――生活と造形』(全8巻)、『東南アジアの民族造形』『東南アジアを学ぶ300冊』など多数。


  岩手県の野田村。美しいせせらぎにそって山道を登りつめたところに、日形井という小さな集落があり、裏山から湧き出る水に誘われて、春おそく水芭蕉が可憐な白い花を咲かせる。カッコウの声がひときわ高く山に谺するころには、藤が満開になり、金山の新芽が黄金色に輝く。夏には、ハマナスが真紅の蕾を開き、咲き乱れるコスモスは秋の訪れを伝える。手をのばせば届くような星空の美しい季節を迎え、北斗がきわだって光る。その下で、木々は祭囃子の調べにあわせるかのように、色とりどりの衣に身を飾り立てる。やがて、風の神が交響曲を奏でながら、葉を大地に散らし、大空に白銀を舞わせ、山里は蕭条として静まり返る。四季の美しいうつろいの中に、人々に忘れ去れたように、がっしりとした南部曲屋が、建ち並ぶ。まさにお伽噺の舞台になりそうな里。そこにアジア民族造形館がある。
  はじめてここをたずねたとき、近代化によごれはてた日本に、まだこんな美しい里が残っていたのかと感動した。静かなかくれ里がいつまで、このままの姿をとどめられるのかと、未来に不安も感じた。とりのこされたような日形井の発展と、朽ち果てるやもしれぬ曲がり屋の存続を真剣に考える村長さん。そして日本人のアジア認識高揚のため、民族文化を紹介する場の必要性を考えていた私。両者の思いが、この美しい里で合致したのである。この巡り合いは、土地の守り神牛頭(ごず)天王によるものであろう。天王こそ日本に鉄の文化を採り入れた開拓神、スサノオノミコトの別名であり、祇園祭の主神でもある。
  今、世界は大きな激動期に入った。明治以来日本人は西欧崇拝、戦後はアメリカ一辺倒によて、もっとも大切なアジアについての認識を欠落してきた。長い西欧の価値観中心の時代は終わりを告げ、21世紀には必然的にアジアの時代が到来する。このことにほとんどの日本人は気付いていない。私は30年前、そのことを強く感じ、爾来アジア全域を150余回に及んで巡り、アジア諸民族の叡知の深さに触れてきた。アジアは西欧生まれの「近代国家」の概念では把握できず、一国を構成する「民族」に焦点をあてなければならない。その民族の生活文化を具体的に学ぶには、彼らが長い暮らしの中で築き上げてきた、各領域の造形を詳細に考察し、その紹介からはじめるのがよいと考えた。
  私の収集したものを中心に多くの協力者を得て、今、多角的な研究を進めている。従来のジャンルでいえば、西欧輸入の「美術工芸」のせいか、アジア、アフリカ、中南米を低くみる傾向が強い。この用語に代わって、私は民族造形の用語を与え、それにアジアを冠した。内容を衣、食、住、信仰、芸能、学び、遊び及び生産の8項目にわけて、研究を行うかたわらアジア民族造形館にも展示することにしている。開館6年にして、2人の熱意ある職員が育ちつつあることに、私は期待している。
  アジアを万部人は美しい野田村日形井をおたずねください。

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