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DATUMS 1993.04
情報化社会と旅人 仮想現実はパッケージツアーか

水越 伸  東京大学社会情報研究所 助教授

■みずこし しん
 1963年生まれ。1989年東京大学大学院社会学研究科博士課程中退後、東京大学社会情報研究所助手、本年度より現職。メディア論専攻。大学時代より旅行の社会学的研究も行っている。著書に『メディアの生成:アメリカ・ラジオ動態史』(同文館・単著)『メディアとしての電話』(弘文堂・共著)


  数年来、仮想現実(バーチャル・リアリティ)という新しいメディアの概念が登場してきた。映像や音声だけではなく、感触や嗅覚など、人間の身体感覚でとらえうるあらゆる情報を忠実に再現し、現実そのものを技術的に再構成しようという動きである。この仮想現実を生み出すための装置は、パソコン・ソフトや、ゲーム・センターの目玉としても商品化され、最近話題をよんでいる。
  仮想現実を具現化しようという動きのもとにある考え方は、とても古典的なものだ。「もっときれい、もっとリアルに」これである。考えてみれば、テレビ・ゲームから高品位テレビまで、情報化を推進するとされるほとんどのメディアは、おなじく「もっときれいに、もっとリアルに」なることを目標として進化してきている。
  旅行にとって、疑似体験を増殖させるメディアの動向は、ずいぶんと大きな意味を持っている。なぜなら旅行とは、ある意味でそれまでに脳裏に描いていた風景のイメージを確かめることを楽しむレジャーだからである。初めて来たはずのロンドンの街並みを懐かしいと思ったり、ナイアガラの滝を訪れて、思わず「絵葉書みたい!」と叫んでしまう。誰にでもある経験ではないだろうか。イメージが人々を旅へと駆り立てる。そして、テレビ、映画、小説、広告などのメディアは、旅のイメージを、日々絶え間なく人々へと送り届ける役割を果たしているのだ。
  それでは、メディアが技術的発展をとげ、イメージが「もっときれいに、もっとリアルに」なればなるほど、旅行の魅力を豊かにしてくれるものなのだろうか。どうもそうではないらしい。
  じつは、仮想現実を突端とするメディア領域で活動する人々が、「もっときれいに、もっとリアルに」という考え方を受け入れるのを私はしばしば目撃している。テレビよりもっときれいな映像を目指す、雑誌よりももっと便利なニュー・メディアを構築することは、確かに目標として明快だ。だが電子情報技術の可能性は、もっと自由に情報を選択し、自在に視野を転換でき、これまでにない方法で人間の想像力と知的好奇心を刺激するようなメディアのために、生かされるべきではないのか。
  一方、きれいに整備され、思ったとおりの経験の連続で、安全な旅というものに、人々はすでに飽きてしまっている。より大量の情報が、旅行を豊かにするわけではない。旅行の魅力は、イメージの確認だけでなく、イメージの経験のズレを体感することにもあるからなのだ。旅行帰りの友人のみやげ話には、ガイドブックには載っていないハプニングのようなものが多くはないだろうか。
  情報化の進展は、おきまりの旅行イメージの行動化に留まらず、新たなトゥリーズムの可能性を提案するような方向で機能したとき、初めて人々の空間的想像力の挑発に資することになる。

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