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DATUMS 1993.05
新たなコミュニティ拠点としての「駅」を考える

鈴木 久美子

■すずき くみこ
 1966年生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業。同大学院社会学研究科修士課程終了。現在、同大学院博士課程後期課程2年在学中。専攻は都市社会学。


  「駅」とは、都市空間の中で、一体どのような存在なのであろうか。都市内部の空間と空間を繋ぐ交通手段としての電車から見れば、「駅」は単にその空間への入口であり、また逆にその空間からの出口でしかない。しかし、そこに集り散っていく不特定多数の人々にとっては、誰もが、一時的に、自由に利用できる、公共的な自由空間として、たとえば、「上野駅は、東京に残されたただ一つの居心地のよい、幕間を生む広場なのだ」(本橋成一・写真集『上野駅の幕間』/1983年、現代書館)という性格をもつ。
  さらに“地域”の視点から「駅」を見るならば、そこには単なる交通・移動の拠点としてだけではなく、地域に根ざした地域そのものの核、地域活動の拠点としての位置付けも可能である。
  アメリカでは、1910年代から20年代にかけて、シヴィクセンターの建設が各都市で行われたが、これは市庁舎を核に公共建築、広場、公園、ブルーヴァールなどで構成されており、そこにもうひとつ、鉄道ターミナルとの連携が考慮されていた。
  すなわち、地域の拠点として施設、空間の中で「駅」は中心的な役割を果たしていたのである。
  一方日本でも、「駅」が都市計画のなかに徹底的に取り入れられることはなかったが、それでも街区は「駅」を中心に成り立ち、地域住民の生活拠点として、あるいはその街の顔としての役割を与えられていた。
  しかしながらいま、都市それ自身の姿が見えなくなりつつある。それぞれの街がそのたたずまいを失うなかで、「駅」もまた多層化やモータリゼーションの波に呑み込まれ、それがもつ機能を充分に果たし得ていない。地域コミュニティそのものも衰退、崩壊の危機にさらされている。
  だが、そんななかでこそ、改めてコミュニティの拠点としての「駅」を強調し直したい。人々の日常生活の広がりと重層性に注目すると、従来のコミュニティ=(イコール)ネイバーフッドの枠組みを越えた、様々なレベルの人的結合の拡がりの結節点としての役割が、移動の拠点であり、かつ地域活動の拠点としての歴史的文化的ストックをもった「駅」にこそ与えられよう。多様な背景をもつ人々との出会いや出来事(イベント、パフォーマンス)の舞台として、日常と非日常との境界線をなす中間施設として、「駅」は新たなコミュニティの拠点として位置づけられるのではないだろうか。

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