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DATUMS 1993.06
車椅子であるくトーキョー

ブルース・デイマーク  編集校正者

■Bruce Damark
 1960年生まれ。米国ニューヨーク州イーストハンプトン出身。ワシントン・アンド・リー大学で心理学、サンディエゴ大学で法学を学ぶ。19歳のとき、交通事故により脊椎損傷。2年前に来日。


  私は自宅のアパートで、おもに電話とファックスとコンピュータで仕事をしている。ほとんどのクライアントは私が身体障害者だとは知らないし、仕事上の支障もない。しかし、予想していたとはいえ、東京を車椅子で移動するのは大仕事だ。アメリカでは自家用車に手動アクセル・ブレーキをつけて乗っていた。改造のための費用400ドルは政府がもってくれた。
  東京の鉄道網は、地上も地下も非常に発達しており、どこへでも通じている。その便利な交通網も、残念なことに車椅子では利用しにくい。まず、駅にスロープやエレベーターがないことが多い。私の場合、義足で手摺につかまりながら階段を下り、車椅子は人に頼んで運んでもらうことになる。かなりの忍耐、体力、時間、そして他人の親切を要する作業である。区に申し込めば障害者用の車を利用することもできるが、数日前に予約せねばならず、忙しいスケジュールのなかで実用的とはいえない。いきおい高いタクシーを利用してしまう。出入口の問題の他にも、少なくとも電車の一両には障害者用の手摺や椅子があれば、また、駅の職員が障害者の道案内や手助けを自分の仕事の一部として考えてくれれば、電車、地下鉄の利用はずっと楽になる。アメリカでも必ずしもこれらの事が実現しているとは言えないが、カリフォルニア州にはいい例が多いように思う。
  電車などに乗る機会に乗客を見渡すと、障害者だけでなくお年寄りもあまりみかけない。家の外へ出たくとも、出ることがかなわずにいるのではないだろうか。
  日本の高齢化は急速に進んでいるという。これほどまでに日本の文化の一部となっている電車や地下鉄を、お年寄りにとっても安心して利用できるものにしていく必要性はますます高くなっているはずだ。道路やビルの設計にも障害者への考慮が欠けていることが多い。日本の社会経済的仕組みの中では、鉄道網の拡張、ビル建設など新しいものを造ることに全力を注ぐしかないのだという意見があるが、障害者は、そしてお年寄りは、この大きな流れの中に取り残された一群と言えるのかもしれない。
  町では必ずといってよいほどすぐに誰かが手助けを申し出てくれる。ありがたく思っている。鳥取に住む友人を訪ねて寝台車で一人旅もした。障害者をまず助けてくれるのは、まわりにいる個々人である。しかし、どの国でも同じことだが、ひとりひとりの親切に加えて政府の役割も重要だ。
  日本社会はさまざまな事を達成してきた。障害者の問題を意識しさえすれば、その必要を満たす事は簡単だと思うのである。これはガイジンの不平ではなく期待である。
(日本語翻訳・編集部)

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