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DATUMS 1993.08
釣りと女と関西的心情

田川 郁代

■たがわ いくよ
 1952年愛知県生まれ。女子美術大学卒業。吹田市江坂で開講されたウーマンズスクールの編集講座に学び、今年4月、仲間とともに“女性の本音雑誌”『Le Pont(ル・ポン)』を発刊。新聞の4コマ漫画の変遷を追った論文を掲載。


  陽光がちょっぴり鋭くなって、風が素肌に気持ち良く感じられる季節になると、釣り心が浮かれだす。釣りといっても私の釣りは、防波堤のコンクリートに腰をかけてするサビキ釣り、この釣り方はいたって簡単。釣り糸の先端に、小さな針が交互についたサビキ針と呼ばれる釣り針と、エサの入ったコマセ袋をくくりつけ、おもりを垂らして、後はフンワリユラリと竿を揺らしてみせるだけ。力も技も必要ない。魚運さえよければ季節によって、小アジに小サバにイワシなどが、がっぱがっぱと釣り上げる。釣れる魚は主に大衆魚だが、そこがいい。努力しないで楽しめる私好みのレジャー感覚にピッタリと一致する。 このサビキ釣りの楽しさを、東京に住む知人に話したことがある。釣りを知らない知人は言った。「釣りって、ヒマつぶし楽しむ哲学的レジャーだね」。えっ!いやいや、釣りは時間の消費を楽しむなどと、カッコウつけるレジャーじゃない。「収穫という目的があるから、釣りは楽しいレジャーなの」。私の言葉に知人は一言「さすが関西人」。うっ!どういうこっちゃ。
  大阪に4年神戸に5年、関西に住んで9年になるが、私は自分が関西人だと思ったことはない。それどころか、関西独特の“これなんぼ?”世界に、ずっと馴染めないできた。定価が赤線で消されて値引き額が書き込まれた値札を見ても、関西人は店員に聞く。“これなんぼ?”。値札を信じず本音で買い物をする関西人って、本当にスゴイ。けれど、名古屋で生まれ育って、東京暮らしも経験した私には、“これ南保?”の世界は近寄りがたく、口にするのも恥ずかしい。買い物をするのだったら値踏みするより、カッコウつけてポーンと買いたい。こんな私が関西人。
  とはいえ、思い出す光景がある。昨年の初夏の頃、連れ合いと二人で釣りをした。海辺の釣具屋で、レンガと呼ばれるオキアミを凍らせたエサを買い、小さな漁港の突堤に居場所を構えてのサビキ釣り、釣れに釣れた。一度に小アジが2、3匹、釣り糸を垂らすたびに食らいついた。まさに“いれぐい”とはこのことかと、ほくほくしながら釣り続けた。釣った小アジは、二人であわせて248匹。私は大収穫に大満足。満杯のクーラーを見て、連れ合いも嬉しそうにつぶやいた。「レンガ一個、200円。合計400円でこんなに楽しめる。釣りって、安値なレジャーやなあ」。わが連れ合いは、大阪生まれの大阪育ち。物事をお金に還元したがる性癖がある。彼のその性癖に、ちょっぴりついていけないが、その時ばかりは私も深くうなずいた。そして思わず言葉をもらした。「ねえ、これだけの小アジ、魚屋さんで買ったら“なんぼ”やろ?」。あー、釣りは私を関西人に変えてしまうレジャーである。
  ちなみに大量の小アジの行き先はは――。食べてあげるのが魚への供養!とばかりに、一匹残さず家族の胃袋におさまった。

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