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DATUMS 1993.08
お笑い東西比較

田中 宏幸  吉本興業株式会社 東京支社長

■たなか ひろゆき
 1954年3月22生まれ。京都府出身。1978年京都大学文学部卒業。同年、吉本興業株式会社入社。桂三枝、明石家さんまのマネージャーを経て、テレビ番組プロデューサーとなる。1993年1月より現職。


  今年5月から、東京の下町、門前仲町のライブハウス「深川座」で「吉本コテコテ劇場」なるイベントを月一回のペースで始めた。このイベントのコンセプトは大阪難波のグランド花月で毎日演じている漫才をそのまま持ってこようというものである。オール阪神巨人、中田カウスボタン、西川のりお上方よしおのベテランとハイヒール、ベイブルースらの若手を組み合わせた寄席を毎回東京のお客さんにぶつけている。
  おそらく観客のほとんどは漫才を生で見るのは初めてではないだろうか。反応が非常にヴィヴィッドだ。実によく笑い、よく拍手してくれる「いいお客さん」である。出演者も、東京でやっているのがいい意味で緊張になっている。この雰囲気を見る限りは大阪の漫才は東京でも充分に受け入れられそうな気がする。
  ただ、東京と大阪の観客の反応には微妙に違いがある。特にカウスボタンのように、ネタフリとオチの間に少しひねりを入れたり「間」で笑いをとろうとすると東京の観客に戸惑いが見える。それは、要は漫才に対する慣れなのかも知れない。
  大阪には花月を始め、お笑いを専門にしている常打小屋が4館ある。さらにテレビでは他の地方の人が呆れるくらいの昼のお笑い番組を放送している。「笑い」抜きには大阪ローカル番組は語れないといっても過言ではない。また、よく言われるように、「オモロイ奴」がもてる土地柄でもある。そんな土地柄から「お笑い」を目指す多くの若者が現れ、舞台で大阪の観客に鍛えられて人気者が作られ、テレビ、ラジオ、でその人気を増幅させていくというのが大阪の「お笑い」の構造である。
  東京においても「お笑い」のライブは盛んに行われているのだが、如何せん単発であり、通りすがりのオッチャンやオバチャンではなくて、ぴあやセゾンでチケットを買う若者に支えられているために、人気者になるのは早いが忘れられるのも早く、人気があるうちにテレビに出てメジャーになることに躍起にならざるを得ない。そしてテレビの世界で要求されるのは、テレビの「芸」であって、ライブの「芸」とは違うものである。
  小屋の有る無し、土地柄に加えて重要なのは「言葉」の問題だろう。大阪の芸人は子ども時から慣れ親しんだ大阪弁を鍛えて自分の言葉にすればいいが、東京の芸人の大半を占める地方出身者はそうはいかない。「共通語」を後天的に自分の言葉として習得するところから始めなければならない。マザータングの方が強いのは当然である。
  大阪出身ではないが、ビートたけしさんの強さもそこにある。彼は浅草の舞台でオッチャン、オバチャンに鍛えられ、下町の子供の時の言葉をそのまま洗練させて自分の言葉を獲得している。いずれにせよ「ヨソイキ」の言葉のやり取りからは笑いが生まれないだろう。

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