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DATUMS 1993.09
都市の生活に溶けこむクラインガルテン

中尾 善彦  名鉄観光サービス労働組合書記次長

■なかお よしひこ


  ミュンヘンは限りなく緑豊かな都市だ。街のそこかしこで小鳥のさえずりが聞こえる。中央駅から路面電車で20分程の閑静な住宅街の何の変哲もない一軒家、バイエルン州クラインガルテナー協会事務所に会長のマース氏を訪ねた。
  日本でも1990年6月に市民農園整備促進法が成立するなど、都市生活者にとっての身近なレクリエーションとして注目されている市民農園だが、ドイツでは既に1820年代に現在のクラインガルテンの原型と見られる救貧菜園が登場している。
  その後、19世紀後半には都市の子どもたちの体力的な、精神的な成長のための自然教育を目的としたり、第一次世界大戦下の食糧難時代やそれに続く大恐慌時代には経済的価値が注視されたり、その内容はそれぞれの時代の要請によって少しずつ変化してきた。
  1919年に初めて制定された「クラインガルテン・小賃貸地整備法」では、当時の社会背景を反映して、食料政策上の観点が第一に挙げられていたが、現在のクラインガルテン新法では「市民が土地を借り、家族とともに、家計を補充したり、あるいはレクリエーションのために、果実や野菜を作る小菜園である。そして菜園団地内には、いつでも誰でも気晴らしのために入れる総合施設」として定義されている。また、バイエルン州内に現在2,000haあるクラインガルテンのうち9割強が市町村の所有地だというように、都市計画の中でも、重要な位置が与えられている。
  私たちは、初夏のにわか雨があがるの頃合を見計らって、マース氏の案内で近所のクラインガルテン・コロニーの見学に出発した。一般市民に開放されている通路を挟んで、きれいな生垣に囲まれた100坪ほどのクラインガルテンが整然と並んでいる。そんなコロニーがミュンヘン市内のあちらこちらにあるのだ。
  各区画は野菜、芝生、花壇で3分の1ずつ使用することが決められており、農園というよりもむしろ菜園付き公園という印象の方が強い。実際、休日になればこの緑の小道を散策する市民とクラインガルテン利用者とが楽しく語らう姿があちこちで見られるという。また、利用者の殆どが自宅から徒歩で15分以内のクラインガルテンを借りており、仕事の後や休日に気軽に自分の農園に行き、芝生や花壇、野菜の手入れに精を出すのだそうだ。まさしく日常の中での身近で気軽な余暇の一つとして市民生活に溶け込んでいるのだろう。 しかし、クラインガルテンの管理・運営は自分たちで行うことが基本であることから、いい加減な気持ちで農園を借りることはできないようだ。マース氏も、会長としての仕事が忙しくなったことで、充分な手入れをする時間がなくなり、ついに自分の農園を手放してしまったそうだ。世話役活動とは、洋の東西を問わず“つらい”ものである。

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