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DATUMS 1994.11
横浜・野毛大道芸と街づくり・人づくり

森 直美  野毛大道芸実行委員・アートディレクター

■もり なおみ
 1948年生まれ。現在、横浜市立川和中学校美術教師。画家。写真家。新宿、錦糸町、蒲田、川崎、鶴見と徘徊のあげくに着いたところが終着駅、野毛だった。野毛で出会った大道芸の写真を撮り始め、2万枚以上を撮影。絵画および写真の個展を十数回開催してきた。著書に『野毛大道芸写真集』。


  野毛大道芸の特筆すべき点は、芸人さんに対してギャラがないことだ。ギャラがないから、投げ銭で稼がなくてはならない。真剣勝負をするしか道はないのだ。だから面白い。ギャラを出さない野毛の街がケチったのではない。金が無かったのだ。ギャラなしで真剣さを出そうとした訳ではない。他にやりようがなかったのだ。それでも成立してきた。ギャラは出せなかったので、交通費という名目で1万円出してきたものが、現在御祝儀として残っている。それに、昼食にうな丼と缶ビールが付く。うな丼になった理由は単純だ。大道芸スタート時の芸人さんのリーダーの一人、パン猪狩さんはほとんど歯がなかった。それでうな丼に決まり。昼飯でビールを飲む暇も無い芸人さんもいる。後で持ち帰って飲めるように缶ビールにした。単純にして明快!これがいい。1回の大道芸に200人以上の芸人さんが集まる。それにギャラを払ったらいくらになるか見当もつかない。金ででっちあげたイベントが多い中で珍しい。だから面白い。
  カナダのハリファックス・モントリオール両市、国内では静岡市の大道芸フェスティバルは審査があり、ノミネートされた芸人さんにだけ場所が与えられる。野毛にこのシステムが導入された場合、誰が審査するのか。また、ジャンルの異なるパフォーマンスを同列に審査するほど野毛はアホではない。観客の人気投票なども考えられるが、審査だとか資格などは野毛の心意気とは少々異なるものがある。
  他に誇れる伝統もないし、歴史的建造物なども何も無い街だ。何も無いのでアリネタで始めた大道芸があたり過ぎた。しかし、難しい所にさしかかっている。大きくなり過ぎたのだ。このままでは、金の力でデッチあげた普通のイベントと変わらなくなる危険性を内在している。芸人・街の人間・見物人の三者のハートが一つになり、対等のつき合いができなければつぶれる催しだ。
  『野毛大道芸』を英語で『The International Street Performers Festival』としている。Performanceとはせずに、あえてPerformers Festivalとしたのは、イベントを中心としないで、人間を中心とする宣言でもある。出演者の芸人さんも大切だが、街の人間の人づくりとネットワークを目指した祭りとしたい。美しい町並みも良いことだが、人を育てることが街を育てることだと考える。野毛大道芸をきっかけとしてジャンプしたパフォーマーも多いし、大道芸スタッフである野毛の若者達も伸びている。外人の芸人を呼んで来るだけではなくて、野毛で育った芸人と街のスタッフを海外に送って対等の交流をしてきた。今後も肩肘を張らない、本物の民間交流を続けたい。
  芸人さんは、「野毛の見物人とスタッフは日本一だ」と言っている。三者が伸びる限り、野毛大道芸あ不滅だが、下らないイベントになれば何時でもやめる勇気がこの街にはある。野毛に保守は似合わない。成功していれば、そのままに続ける他のイベントとはそこが異なるところだ。

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