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DATUMS 1994.12
たりなかった―金 それにつけても…

中沢 孝夫  評論家

■なかざわ たかお
 1944年群馬県生まれ。立教大学法学部卒業。『エコノミスト』でコラム「筆刀直評」連載。『エコノミスト』『週刊東洋経済』『世界』などに論文多数。著書に『良質な社会と自己訂正能力』(共著)など。


  細川元首相のルーツといわれる細川幽斉(1534〜1610)は文化人として名を残している。茶の湯、料理、音曲、歌と百般の人だったらしい。
  幽斉が御所に昇殿を許された日に、ある公家が「どんな上の句をもってきても、下につけられる句をつくった。それは“…という歌は昔なりけり”というものだ」といい、細川にも同じようなものを作ってみるようにいった。それは当時における、ゲームであり、細川幽斉の才能を試す挑発でもあった。
  むろん細川は即座につくった。「…それにつけても金のほしさよ。」と。リアリティは断然細川にあり、ゲームは細川の勝利に終わったが、それから400年過ぎた現在でも、幽斉の下の句は生きている。「それにつけても…」を知らない人はいないのではないか。
  製造業は増益に転じつつあり、平成不況はやっと底から脱出の気配だが、赤字の企業はでかい声を出すが、儲かっているところは黙っているので、どうぢても気分というか空気は不況色から抜けられないのである。それと金融不安はかなりのリアリティがあるので、暮れも押しついまってくると幽斉の下の句はますます流通頻度が高まってくる。
  平成不況の質を論ずるのは別の場所に譲るが、86年の円高不況や、20年前のオイルショックア不況と比べて著しく異なるのは、暴力的な傾向である。住友銀行を始めとする企業関係者への襲撃の多さは、不況に先立つ平成景気(バブル)が、実に不健全な内実を備えていたことを物語っている。バブルで投資先を失った資金が、暴力団がらみのところまで回っていき、しかも銀行自身に公にできない経過があることが、ついには「法による支配」の及ばない決着へとゆきついているのである。
  不良債権なるものが実は何兆円になるのかいまだに実態が不明であることが、景気回復のはずみがつかない最大の理由である。まだ何人も死人がでることが「必要」なのかもしれない。株価の推移をみると、北海道拓殖銀行、兵庫銀行、大阪銀行、阪和銀行、日本住宅金融などの悪さは目を覆わんばかりである。いってみれば脳死状態なのだ。
  高度成長によりインフレ体質が身についているので、資産デフレの深刻さは個人にも法人にも重い。個人でいえば、4〜5年前に家を買った人々である。当時6〜7千万円の家、現在4〜5千万円だが、負債(ローン)は物価のように「価格破壊」とはならないのでそのまま残る。しかし法人はもっと規模が大きい。
  たぶん今もっともお金がないのは銀行なのだ。担保価値を割り込んでいるので、担保権を執行すると赤字が増えてしまうのである。だからミニバブル待望論が一部でささやかれているのだが、大衆はすっかり冷めている。「もう騙されないぞ」とみんな構えているのである。「それにつけてもバブルはよかった」と内心は思っていてもクチには出せないのがつらいところだ。

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