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DATUMS 1994.12
たりなかった―米 メディアに踊る米

武田 徹  ノンフィクションライター・評論家

■たけだ とおる
 1958年東京生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。構造主義、ポスト構造主義思想を経由した批評的、分析的スタイルで、現象の底に潜む「隠れた制度性」を浮き彫りにする手法に定評がある。著書に『ジャーナリストは「日常」をどう切り取ればいいのか』『世紀末風俗研究』『知の探偵術』など多数。


  先日、アメリカのマッカーシズム、つまりの1950年代の激しい反共活動を調べる機会があった。その時、痛感したのが情報社会独特の「脆さ」であり、思いを馳せずにいられなかったのが94年の日本を席巻した平成米騒動と呼ばれる一連の騒ぎとの類似性だった。
  50年代には中国の赤化があり、アメリカ大衆が潜在的に共産主義への恐怖心を募らせていた事情があった。そこに上院議員マッカーシーが現れ、「国務省にも共産主義のスパイが潜り込んでいる」と事実無根の演説をしたものだから、人々は恐怖から直接行動に走り、自分の周囲にもいる「共産主義らしき人」を告発、追放することに躍起となり始める。
  そこでマスメディアが大きな関与をしていたことに留意すべきだろう。マスメディアは大衆の求める情報を届けることを旨としており、共産主義への関心が高まっている以上、「赤の陰謀」を説く政治家の言動を重点的に取り上げるのは当然のこと。しかしその当然の行いが前代未聞の赤狩り旋風を引き起こすまでに恐怖心を肥大させてしまう。
  同じ構図が日本でもありえた。国産米をいつまで食べ続けらるかという潜在的恐怖心が人々の間にくすぶっていたところに93年産米の記録的不作があり、外国米の緊急輸入があった……。人々の関心の的だったからメディアはそれらを盛んに報道した。大学教授等からなる民間の研究団体「うわさとニュースの研究会」が主婦100人に対して米を買いに走った動機を尋ねた調査では9割が「マスコミの報道を聞いて」と応えたと言う。平成米騒動もまた一種の「メディア事件」だった。そして輸入されたタイ米に鼠の死骸が混じっていたと国会議員が述べたのも事実であり、外米の品質に不安を感じている人に向けてメディアはそれを忠実に伝えた(グラビア頁で鼠死骸入り米を再現した週刊誌もあった)その結果は……。タイ米はとことん毛嫌いされ、当初の買いだめ熱が冷めてやがてコメが余りだすと無惨にも打ち捨てられ、タイ国民の対日感情に深いしこりを残した。
  メディア関係者はそろそろ学ぶべきではないか。確かに戦前の報道管制下では事実を報じるだけでも難しかった。事実にメディア関係者がこだわるのはわからないではない。しかし大衆の好奇心や恐怖心に応えて事実をただ報じるだけでは過剰反応へと人々を駆り立て、大きな犠牲を強いられることもある。
  高度情報化社会ではまずマスメディアが知的存在となる必要があろう。ただ事実を報じるのではなく、情報の専門家として自負を持ちつつ、大衆社会が衆愚に陥らないよう配慮した知性的な情報提供を行う―、そんな段階へとメディア関係者は一歩踏み出すべきなのではないか。俗情と結託した情報提供の方がアピール度が高く、部数や視聴率で有利な事情もあろうが、マッカーシズム、オイルショック騒動を経てなお懲りもせず平成米騒動なる「メディア事件」を引き起こした現代情報社会は少なくとも反省がたりなすぎる。

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