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DATUMS 1994.02
魅惑の舞台・能

小林 泰夫  (株)インテック ISDNシステム部

■こばやし やすお
 1968年富山県生まれ。慶応義塾偉大学文学部在学中「慶応観世会」代表を務める。92年、株式会社インテックに入社。現在ISDNシステム部で企業向け通信サービスの導入を担当。


  私が能に惹かれるようになったのは大学入学後、能のサークルに入ったのがきっかけである。それまで謡や仕舞やったことはおろか能を見たこともなかった私は、知人の勧めと、「これは自分に合っている」という直感を信じて入会した。
  大学4年間のサークル活動では様々な稽古や舞台を経験した。中でも一番の思い出は、4年生の自演会で能を舞わせて頂いたことである。演能当日のことは今でもよく覚えている。薄暗い鏡の間で面をかけた後、幕口まで誘導される。「お幕」の声と同時に掲幕が勢いよく上がった瞬間、目の前がぱっと明るくなって橋懸り、そしてその向こうに本舞台が見えた。この光景は鮮明に瞼に焼きついている。
  卒業後会社に入りしばらくは能からは遠ざかっていた。しかし去年の春から謡と仕舞の稽古を再開し、現在は先生のお宅に月2回通っている。また学生時代は毎週のように能を観に行っていたものであるが、最近はなかなか思うように時間が取れず、月に1回観に行ければ良いほうである。
  さて、私は会社で企業向け通信サービスの業務に従事している。最近の通信技術の進歩の速さには驚くばかりであるが、通信における技術革新の目標は突き詰めて言うと、大量の情報をいかに効率よく正確に伝達するか、またそれをどれだけ手軽に送受出来るかという点にあると言えるだろう。こうした技術は今後「マルチメディア」という形で実用化され、私たちの日常生活に浸透してくるはずである。
  将来マルチメディアが格段に進歩して、非常に緻密な映像や音声を伝達できるようになったとする。そして能の映像を舞台から離れたところでバーチャルリアリティ(仮想現実感)的に見たとしたら、はたしてそれに感動するであろうか。おそらくきれいな映像やそれを可能にした技術に対しては感嘆するかもしれないが、演劇としての能には感動しないように思う。なぜなら、能の大きな魅力である生身の人間の息づかいやエネルギーまでは機械は伝えることはできない(だろう)からである。
  私は脳を観るのが好きだが、それ以上に仕舞を観るのが好きである。仕舞とは能の中の一部分を抜き出して紋服、袴で舞うものである。高い技術人間性を備えた演者の仕舞は、一曲の能にも勝って感動的である。なぜなら優れた仕舞は能の魅力の本質をより端的に見せてくれるからである。ある能楽師の言葉を借りて言うならば、それは「演じている人間の生きざま」に他ならない。その姿こそ劇的なのである。
  ところで私は能の観客であると同時に時として演者にもなる。年4回の発表会では仕舞や舞囃子を舞わせていtだく。舞っている最中は多少の陶酔も感じているのだが、終わった後に写真やビデオを見ると「こんなはずでは」という自責の念にかられる。これも私の「生きざま」であろうか…。

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