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DATUMS 1994.02
アジアと“障害者プロレス”をつなぐもの

天願 大介  映画監督

■てんがん だいすけ
 1959年東京生まれ。琉球大学国文科卒。90年『妹と油揚』でPFFアワード審査員特別賞受賞。91年、アジア6か国の若手監督による映画シリーズ「アジアン・ビート」の中で『アイ・ラブ・ニッポン』を監督。先頃、身体障害者とボランティアのグループ「ドッグレッグス」による“障害者プロレス”のドキュメンタリー映画『無敵のハンディキャップ』を劇場公開した。


  今回、先天性障害者(脳性マヒと聴力障害)たちと深く付き合うことになったのだが、これは私にとって初めての体験だった。最初はこちらがナーバスになっていたけど、撮影を続けているうち、自分が少しずつ障害者たちの魅力の虜になっていることに気づいた。
  前に『アジアン・ビート/アイ・ラブ・ニッポン』という映画監督をしたときに、シナリオ・ハンティングやオーディションで、不法、合法問わず100人ぐらいの在日アジア人たちに会ったことがある。そのときの、フィリピンやタイ台湾の女の子たちの印象と、今回私が付き合った障害者たちの印象が少し似ているような気がするのだ。
  何というか、こちらの懐にフッと入ってくる感じ。普通の日本人の距離の取り方とは違う。まず遠くから眺めて、近づいて挨拶して、名刺を交換したりした後、まあ飯でも食いましょうかなんて言ったりして、酒の席でようやく打ち解ける、といった段取りがいらないのです。一直線にくる。目が会ってニッコリ笑ったら、もう友達なのである。
  ほら、擦れかっらしの中年男が、錦糸町あたりのフィリピン・パブの女の子にコロッといかれちゃう、あれですよ。
  健常者と比較すると、障害者たちは外国へ行っても物怖じしないし、すぐ地元の人たちに馴染むらしい。これは他者との距離の取り方にあると思う。彼らは他者に依存して生きている面が強いため、段取りを省略する必要があるのだから。
  こうした障害者たちの人なつこさや、何とも言えない愛敬に惚れて、ボランティアを始める若者たちがいる。見ていると彼らは大体不器用で寂しい人たちだ、ということもわかった。普通の日本人の距離で生きていくことが下手で、満たされない。障害者にボランティアされているボランティアも多いのだ。
  そして私も障害者と付き合って、正直、救われた部分がある。つまらぬ手続きや段取りばかりの人間関係で疲れ切っていた私は、彼らにリハビリを受けたようなものだ。
  提言。疲れたときはアジアを放浪するのもいいし、障害者と付き合うのも悪くない。
  でも、助けてもらったら、何かをプレゼントしなければならない。
  そう思って私はこの映画『無敵のハンディキャップ』を作っていたのである。

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