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DATUMS 1994.03
夢を生かし続けるための旅

アレッサンドラ・デ・マルティーン

■Alessandra De Martin
 1967年イタリア、ヴァレゼ町生まれ。88年からベネチアに住み、カフォスカリ大学日本文学学科を1993年卒業。16歳から写真を撮ることに興味を持ち、世界15か国に旅をする。(フランス、イギリス、チュニジア、エジプト、ケニア、トルコ、U.S.A、カナダ、ホンコン、インドネシア、タイ、ポルトガル、スペイン、モロッコ、日本)93年夏に来日。東京の日本人家庭にホームステイをしながら、文化ビザでボランティア活動をしている。


  大学で日本文学を専攻し、日本語能力の上達や、本で勉強したことに実際に触れてみたいと強く思っていた私が日本にやって来て、もう7か月が経つ。ここに来る前にも私は、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、東アジア、の国々を巡ってきた。「今まで何か国回ってきたの?」とこの原稿を書くときに日本人に聞かれて、ちょっととまどった。数える習慣が私にはないからだ。だからイタリア人は経済感覚がないのかもしれない。数えてみると日本を入れて15か国になる。自分自身驚いた。
  旅に関して異常なほどの熱心さを示し、そのために多くの貯金や余暇を費やし、もっと遠くへ、もっと深くにと旅に出ていく人がいる。私もその一人。そして、旅先のの土地の真実をつかみたがり、それに成功することもあれば、1、2か月後にはその新しい「発見」が変質した「失望」という重いスーツケースを引きずりながら帰ってくることにもなる。
 私が旅の初心者だったころ、アフリカのある州に魅せられていた。暗く、驚異的な色に染められた無限な午後の空、嵐の後の赤っぽい土の香り、私を生き生きとさせてくれる雄大なバオバブ、そしてやさしい微笑みに満ちている親切な人々。2回、3回とそのちに引きずり込まれ、感動の繰り返しと同様に、この国への理解が深まれば深まるほど、私には旅人が見なくてもいいものが見えてきた。外国人によって経営される「国際ホテル」で働く「土着民」に対する搾取、その結果としての彼らの怠惰と軽率さ。大きな力を持つ外国人社会の人種差別、地方政府の賄賂などなど。私は見たくないものを見すぎてしまったのである。野性的で素朴な素晴らしい景色は、そうした悲劇を覆い隠せるものではなく、忘れさせることもできない。私はもはや部外者の旅人ではいられなくなり、今までの自分にうんざりし、そして、もう2度とその土地を訪ねることができなくなった。
  旅は新鮮なエネルギーのもとになるものであるべきだ、と私は思っている。旅を文化的、社会的な研究ととらえる友人もいるが、もっとシンプルに幸せなのは、素朴な観光客として自分の中にもつ「外界の目」という特権を駆使することだと思う。だから私は多くの日本人がイタリアに抱く幻想を破ってしまうつもりはない。イタリアで生活している私たちは、毎日直面しなくてはならない。しかし、日本人はあくまで旅行者なのだから。「イタリア人のおすすめは?」と聞かれたら、きっとすばらしいところを教えてあげられる。イタリア産の良質なハムや焼きたてのパンを味見したり、手作りバイオリンの産地やゴンドラをみがく人たち、春にはきれいなつつじが咲く名所を訪れ、バジル、オレガノ、セージお香水をプレンゼントしたりするだろう。
  私は今、「美しい日本」を旅している。JRのコマーシャルのように、京都の街をめぐり、つい先日は佐渡島に行ってきた。日本人のおすすめに従ったというわけだ。
  今度、私のしたい旅は何かと聞かれたら、うっとりとさせられた日本人の目を通じて見た、私の国・イタリアを体験させてくれる旅である。この世界にこのような旅を企画してくれる旅行会社はないかしら。
(原文英語、翻訳協力(株)サ・サードアイ・コーポレーション)

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