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DATUMS 1994.5
職場:女性総合職はどこへ?

福沢 恵子  ジャーナリスト

■ふくざわ けいこ
 1958年東京生まれ。朝日新聞記者を経て90年に独立。現在は、新聞、雑誌などへの執筆の他、翻訳、企画なども手がけている。主な著書に『ワーキングウーマンのサバイバルガイド』(学陽書房)、訳書に『母が教えてくれなかったゲーム』(WAVE出版・共訳)など。


  男女雇用機会均等法(以下均等法と略)が施行されてから8年が過ぎた。均等法とは、日本の社会で初めて男性と同等の可能性を持つ女性総合職を誕生させた画期的な法律である。しかし「法律ができて働きやすくなった」という人はほとんど見当たらないし、私の周囲の総合職の女性の「生き残り率」も恐ろしく低い。
  91年の労働省の調査によれば、入社3年の時点で4年制大卒の女性の45.6%が最初に入社した会社を辞めている。この中で総合職と分類される女性がどのくらい含まれるのか不明だが、総合職だけに限った調査をすればもっと高い比率になるのではないかと私は予測している。もっとも、企業側は女性総合職の退職率についてはあまり誇れるようなデータではないと考えるらしく「そのような数字はない」「公表できない」というところが圧倒的だ。そこでこれまで私が取材した女性たちの話を総合して、彼女たちはなぜ辞めるのかについて述べてみようと思う。
  企業の人事担当者と話していて印象的なのは、彼らは「せっかく男性と同等に働ける機会を作ったのに、彼女たちはそれを生かしていない」と考えていることだ。しかし、女性総合職の多くは「男性に伍して」ということにことさら「ありがたみ」を感じていない。なぜなら、男性の働き方は自立した人間のそれではなく、自分の生活を放棄して仕事だけに全精力を集中するような生き方だったりするからである。そのような働き方をすることは、彼女たちにとって決して「平等の達成」ではない。仕事と私生活の両立を望むことができないのであれば、彼女たちはあっさりと職を捨ててしまう。ここに企業側と女性側の第一のギャップがある。
  第二のギャップは、これまで企業社会があまりに女性を排除してきた反動のためか「女性は何か特別の能力を持っている」という見当違いの期待をすることである。これはバブル期につぎつぎと誕生した「女性プロジェクト」の類がいい例だ。しかし、しかかりとした基礎訓練のないままに「感性」だけを売り物にするのはあまりに危険だ。確固たるポリシーを感じさせない仕事の与え方や人事配置は総合職の女性たちに大きな不信感を抱かせた。その結果「この会社にいつまでいても何の進歩もない」と彼女たちはつぎつぎに会社を去ったのである。
  定着率の悪さだけに注目すれば、「しょせん女性は使えない」という性急な結論を出すことも可能だ。しかし、私は、女性総合職が職場を去ることは現在の企業社会のあり方そのもへの批判だと思っている。おそらく何年か先、彼女たちの多くは起業家となるだろう。仕事と私生活が無理なく調和する働き方は、なにも二流の職業人を意味するものではない。彼女たちの存在が、硬直した日本の企業社会にひとつの風穴を開ける可能性は十分にあるのではないかと私は思っている。

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