[BACK]
DATUMS 1994.06
メッキが剥がれた“隣の会社”
  ――中華航空機事故報道に見るメディアの国際感覚


中村 広幸  情報環境研究所代表取締役

■なかむら ひろゆき
 1959年生まれ。マルチメディア、情報スーパーハイウェイなど、情報化の技術的・ハードウェア的側面の議論が賑やかな昨今にあって、情報化の社会的側面を中心にした研究やコンサルティング活動を行っている。


  「日本人と思われる方のお名前をお伝えいたします。」
  名古屋空港で中華航空機の事故が起きた当夜、ちょうど各局の目玉である報道番組の時間帯と重なったため、番組の内容を大きく変更して、各局ともこのニュースを流しつづけた。そして乗客名簿の公開。しかし、どの局も、決まって「日本人と思われる方」の名前しか読み上げない。テロップでも流さない。乗客名簿は(この業界の方ならご存知のように)アルファベット表記である。その中から日本名と見られるものだけを“わざわざ”拾って読み上げているのだ。
  事故機は名古屋着の便である。もちろん、日本に観光旅行に来ただけの外国人もいただろう。しかし、犠牲者となった外国人の多くは家族、知人、友人、関係者が日本にいる方々である。在日の中国人、韓国人、フィリピン人、ビジネスで来日した人、フィリピンの実家に里帰りしていた人、台湾にある結婚相手の実家を訪ねた帰りの人。100人を超える犠牲者はこういった人々である。
  私とて、気になる相手は何も日本人だけではない。台湾に取材に行ったときにお世話になったあの人は近々日本に来ると言っていた、まさか……。一緒に研究している留学生の肉親という可能性がないとも限らない。
  国際化が進めば進むほど、人の交流はますます盛んになる。いな、人の交流が進むからこそ、国際化は進む。こんな当たり前のことがわからないはずはない。にも関わらず、なぜ、テレビは「日本人と思われる人」に固執するのか。国際派の評判の高いキャスターを擁する番組と言えども、である。事故が、遠く離れた国の国内線で起きたものならば簡単な報道ですまされたとしても、限られた時間内でのこと、いたしかたないこともある。
  だが、この事故はそうしたものとはわけが違う。速報性を身上とするテレビだ。乗客全員の名前を読み上げ。テロップで流すのが義務ではないのか。アルファベット表記の名簿から手間をかけて日本名と見られるものを拾い上げるよりも先にやることはあったはずだ。
  しかも、その拾い出しがまた、テレビの国際感覚のおかしさを二重に物語っていた。国籍とは関係なく、あくまで日本名と見られるものを拾う、ということは、明らかに人種・民族の差別だ。
  かつて、日本に帰化し、“日本人となる”ためには日本風の名前にする必要があったが、いま、この制限はない。
  かくして、日本にだれ一人として知人のいないアメリカ国籍日系人3世のナカムラナニガシさんの名前は連呼されても、心配している家族・友人・知人が日本全国に多数いるかもしれない“外国人名”のまま帰化した“日本人”の名前は読み上げられないことになる。

[BACK]