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DATUMS 1994.7
ポスト・バブルの余暇の過ごし方

浅野 晃  (財)日本レクリエショー協会総務部長

■あさの あきら
 1951年生まれ。1974年(財)日本レクリエーション協会就職。調査研究、余暇生活開発士の養成制度構築等にあたり、現在総務部長。余暇生活開発・レクリエーション総合研究所主任研究員を兼任。主な著書に『知的余暇生活術』、『ゆとりを演出する余暇生活プラン』(共に日本レク協会)、『余暇ったといえる生活術』(労働新聞連載)など。


  余暇の過ごし方がこのところ変わってきたと『レジャー白書'94』は報告している。日常生活における余暇を重視する考えを持つ私にしてみれば、たいへん良い傾向だと思う。レジャー白書の「今後増やしたい余暇活動」の分析をみると、以下のような5点を指摘している。
  第一に「今後新しく始めたい、あるいはもっと増やしたい余暇活動」として上位順位に「家族旅行(41.2%)」、「スポーツ・健康づくり(37.6%)」、「友人知人とのつきあい(36.1%)」となっており、家族重視、健康志向、交流型の方向であるとしている。
  第二に自然散策、健康づくり、ドライブ等のアウトドア型の活動へののニーズも高い。 第三に演劇、美術館等、本物をライブで鑑賞したいというニーズも強まろう。
  第四に稽古ごと、読書等、学習型の余暇活動も増え、生涯学習が大きなテーマになる。 第五にボランティア活動が今後は広がる可能性が大きい。
  このような傾向を押並べてみると、より日常化した(平日、週休レベルの)余暇の過ごし方へのシフトである。
  一方、経済状況が好転すれば、再び旅行やリゾートといった余暇活動も復活するだろうという分析もしており、これは正しい見方だと思う。日常の生活にインパクトを与える非日常的な余暇もたいへん重要ではあるが、と同時に日常の生活に根付いた余暇も忘れないようにしたい。金を使ってどこかに遊びに行って、疲れて帰ってくるようなことがレジャーであるといったバブル期の余暇の過ごし方に再び戻るのではなく、毎日の生活自体をゆとりあるものにしていくことが人間生活の基本であることを忘れてはなるまい。そのことに気づかせてくれたバブル崩壊に感謝しなくてはならないかもしれない。
  生活に密着した余暇(余暇生活)を充実させるためには、2〜3年前のレジャー白書にいう「安・近・短」よりむしろ「安・近・楽」であり、これからは金をかけずに、近場で、楽しく余暇を過ごすための術を身につけていかなくてはなるまい。「安・近・楽」の過ごし方をするためには、何も特別なことをすることはない。何もしない時間があってよいと思う。大切なことは、自ら自由に使える時間に主体的に関わることである。5月の黄金週間における民族移動的な、あるいは人真似的ではない、余暇の過ごし方をしていくべきだと思う。 そのキーワードになるのは「いい加減に、ひねくれて、こだわる」ことではないだろうか。いい加減というのは「良い加減」のことであり、無理をしない、見栄をはらないといったような感じ。「ひねくれて」というのは人がやらないからこそ価値があるとか、自分の独自性を発揮するといったような意味。「こだわる」は、あることにこだわりを持つくらい専念してみようというわけである。こだわるからこそ深まるのである。
  アウトドアも、生涯学習も、ボランティアも、鑑賞も、いい加減にひねくれてこだわってみると、毎日の生活が潤ってくる。レジャー白書にいう「時間享受型余暇」の主体的な過ごし方ではないかと思う。

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