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DATUMS 1995.12
流行した信用の失墜

中沢 孝夫  経済評論家

■なかざわ たかお
 1944年生まれ。全逓労組中央本部を経たあと立教大学法学部を卒業しフリーランス。著書に『起業家新時代』『良質な社会と自己訂正能力』など。現在、「東京新聞」と「中日新聞」の夕刊に、勤労者の戦後史を描くノンフィクション『働きものたちの同時代』を連載中。


  夏のひざかりの頃から中小企業とそこで働く勤労者からインタビューを続けてきたが、かつての就職難の酷さはただごとではなかった。戦後の日本経済は朝鮮戦争で蘇ったことはいまさらいうまでもないが、1950年のその年の春はまだ不況のただなかにあった。大卒などもともと2%にも達していなかったころだから、求人がなかったときいても驚かないが、60年代に入ってから「金の卵」といわれた中卒でも百人に対して5--6人の求人数だったと聞いて、いまと比べて経済の格差にやはり隔世の感がある。
  中卒初任給が2500円程度だったが、それでも東京に出てくれば、コメの飯がくえるからずいぶんとまし、と思われた時代である。うっかりした国際比較は表現上危険だが、現在のタイかマレーシア以下のレベルにあったことはたしかなようだ。
  その当時の中卒、高卒が基盤技術を身につけたからこそ現代日本の製造業はなりたっているのだが、残念なことだがある程度ハングリーさがないと人間というのは輝かないものらしい。
 アルバイト先ならいくらでもある、などという就職難の国はやはりめぐまれている。超氷河期とはいったいなんのことだろう。なぜこんな言葉が流行するのかが解せない。2割や3割の新卒が就職できないことなど、日照り続きのなかのけっこうなお湿りのような気がしてならないのだ。とはいえ超氷河期などという言葉の流行は罪もないし害もないからさして腹もたたないが、銀行や行政などの信用の失墜の経過にはかなり腹がたつ。
  いうならば先を争うようにして「信用」を中心とした古い制度が崩壊した年だった。もともとさしたる信用はなかったといってしまえばそれまでだが、特に銀行とその銀行制度を束ねる大蔵省の信用の失墜はめざましいものがある。これほどまでに無責任、これほどまでに頽廃していたとは多くの人は思わなかったに違いないのである。
  わたしなども、自民党の一党支配が終わり、永田町が大海の小舟のように流浪しはじめても、国民のなかに動揺も混乱もみられないのは、日本の秩序というものが、政党政治によってよりも、行政国家として観念されているからではないか、と思ってきた。そうした自分の不明を深く恥じているものであるが、そのぶんだけ怒りが増すのだ。
  どの程度のレベルの国と比べるかにもよるのだが、日本の行政はまだ相対的にはマシなほうだ、となお考えてはいるが、このまま大蔵省に予算編成権をはじめとして従来の権限を与え続けたら国がおかしくなる、という気持ちにさすが誰でもなってきたようだ。
  大蔵省への不信感。日銀への不信感。銀行への不信感。もちろん農協への不信感。といった各種の不信感こそが、今年もっとも流行したものだと思うが、ますます腹がたってくるのは、来年もまだこの流行が続くだろうことである。この不信感の内容は信用秩序というよりも、グルになって大衆を騙していることそのものにある。

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