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DATUMS 1995.12
オウムの深層

武田 徹  ノンフィクションライター・評論家

■たけだ とおる
 1958年東京都生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。構造主義、ポスト構造主義思想を経由した批評的、分析的スタイルで、現象の底に潜む「隠れた制度性」を浮き彫りにする手法に定評がある。著書に『ジャーナリストは「日常」をどう切り取ればいいのか』『世紀末風俗研究』『知の探偵術』など多数。


  年末になると放映延べ時間の長短からその年に起きた事件の重大度のランクづけを行うTV番組が現れる。95年はそんな番組でオウムの一人勝ちに終わるのは間違いない。しかしそこまで大量に報道されてなお欠落していた視点があったことを指摘しておきたい。
  満州事変の立役者だった関東軍・参謀の石原莞爾に『最終戦争論』という著作がある。石原は核兵器のような最終兵器を先に手にした方が、満州事変から始まる長期戦の果てに東洋の盟主「日本」と西洋の覇者「米国」との間で起きることになる世界最終戦争に勝利し、恒久平和を得るだろうとそこで予言した。
  この石原の『最終戦争論』は、不気味なほどオウムのハルマゲドン説と似ている。相似点は三点。一つは両者共に宗教的終末論であること。石原の戦争史観は正法→像法→末法という順で歴史が展開するとみる日蓮宗の歴史観に基づき、科学的根拠は希薄だった。麻原の終末論もまた妄想の産物だったことは繰り返すまでもない。このように両者とも宗教的言説として終末を説いたのだが、なぜかそれが武力闘争の提唱になる、そうした好戦的性格が共通性の二点め。そして三つめの共通性は、そうした武力闘争において共にかたくなな「反米」の構えが窺えること――。
  この類似に気づくことで初めて開ける視界がある。オウムが宗教団体から武装テロ団体に変わって行くプロセスが人々の恐怖心を煽り、好奇心を駆り立てた結果、集中豪雨的報道があり得た。しかしオウムが一線を超えて行ったのは、戦後50年掛けても私達がまだ清算出来ていない価値観との関わりがおそらくある。石原の反米・武力解決の主張が満州事変当時の日本人の圧倒的多数から支持されたのは、それが共有され得るメンタリティの地平があったからだが、事態は今もそう変わっていないようなのだ。たとえば今回、話題になった自衛隊員のオウム入信の背景に、いつまでもアメリカに従属していてはならないと考える反米意識が多分あったはずだ。そして最終戦争を武力で勝ち取るという考えもまた教団内であっけなく共有されてゆく。戦争行為を放棄した憲法を有し、ここまで生活様式的にアメリカナイズされた戦後50年目の日本においても、太平洋の対岸で世界の覇権を握っている米国につい敵愾心を抱きがちな「反米」傾向や、武力解決もやむなしとする発想法は、実は今なお人々の意識の深層においてくすぶっており、機があればなんら合理的裏付けなしに燃え上がる――。そんな事情を今回のオウム事件は端的に示したと言えよう。
  そうした構図への指摘なしに「オウムは宗教の名に値しない」とワイドショーでなじっているだけでは実りある議論は望めまい。オウムの教義にも盛られていた日本人を狂わせる誘い水について、歴史的視野の広がりの中で分析し、その正体を見極めておかぬ限り、「オウム」は今年だけで終わらず未来にまた繰り返される。

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