[BACK]
DATUMS 1995.02
アジア・識字・情報

青柳 茂  (財)ユネスコ・アジア文化センター識字専門委員

■あおやぎ しげる
 1958年仙台市生まれ。東京外国語大学卒業。財団法人ユネスコ・アジア文化センター勤務。


  ゴールデントライアングルと呼ばれるタイ、ラオス、ミャンマーの3国が交わる地域にはたくさんの山岳民族が暮らしている。リス族、アカ族、ラフ族といった人々はそれぞれ異なった伝統・風習・ことばを持ち、国境にとらわれることなく自分たちの生活圏を護って暮らしてきた。近年タイ北部の都市チェンライからこの地域に1本の国道が通り、さまざまな「文化」が流れ込み、焼き畑や呪術に代表される自給自足・自己完結型の暮らしが大きく変わりつつある。村へ向かう乗合バスで同席となった色彩豊かな民族衣装を纏った女の子の手には、パック入りジュースや英国製のティーバッグ、食パンが大事そうに抱えられ、弟と見受けられる少年はゴジラの写真絵本に熱心に見入っていた。村の若い世代はテレビやラジオから得られる情報に接し、町でより条件の良い職に就けるようタイ語を学びタイの国籍を得たいと願うようになった。良し悪しは全く別の問題として1本の道が彼らの生活に大きな影響を与えつつある。
  パキスタンのラホールで著名な物理学者と話す機会があった。教育の普及について話している折に自国を評していわく「パキスタンには二つの国があります。富める者が住む国と貧しい教育のないものの住む国です。両国が調和のとれた一つの国なるには貧しいものたちが自ら力を持たねばならず、その唯一の手段は教育ですが、一方の国が本気で教育を施そうとしているのかどうは疑問です。ただ、テレビが普及し、外からの情報によって貧しいものたちが自らの置かれた位置を認識できるようになれば、状況は変わっていくかもしれません」。パキスタンの識字率は35%、女性にいたっては5人4人が文字の読み書き、計算ができない。テレビの普及率は1.8%である。
  日本を含むいわゆる先進国では、マルチメディアの開発が進むにつれ「情報」自体の価値が急速に膨らみ、人々暮らしも大きく変容しつつある。その一方で文字の読み書きを学ぶ機会すら与えられずに、まったく「情報」から隔離され、それゆえ自らの置かれた状況を認識することも改善することもできず、自分たち以外の誰かが作り上げた「仕組み」のなかで、日々の食料に窮々としながらも暮らしている人々がアジア地域だけで7億人も存在していることを私たちは忘れてはならない。
  ユネスコは20世紀末までの“Education for All”を標榜しているが、「情報」が「富」以上の価値を持ち始めている今こそ、教育を必要としている人々に様々な側面から協力していくことが、根深い、人間の本質に関わる「南北問題」を解決するひとつの鍵となろう。

[BACK]