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DATUMS 1995.02
地域の福祉現場→職場 ウィークデイの街を知る

河辺 尚之  富士ゼロックス(株)営業力強化推進部担当部長

■かわべ たかし
 1942年生まれ。上智大学卒業。富士ゼロックス(株)入社後、調査統計、製品企画、生産管理、業務管理、業務改革部を経て1年間のボランティア休職。現在は営業力強化推進部担当部長。


  セピア色の葉書の数々…小学校1〜2年の大半を病気で休んでいた私に幼い級友達が送ってくれた励ましの便りです。以来身体に自身のない私はずいぶんと周りの人々に迷惑をかけたり、お世話になったりして今までやって来ました。自分も少しはそういう事ができたら…という気持ちが常に頭の片隅にあったような気がします。
  米国の親会社のビジネスマンの家庭でボランティア活動を見聞きし、「自分でも何かできる」と思ったことが、行動をおこすきっかけになりました。
  「やろう」と思って探してみるとあるもので、週末や休暇にボチボチと続けてきました。 5年前、人間ドックで肝臓病が見つかり、また、長い入院。いろんな方にお世話になりました。この年の夏、勤務先でソーシャルサービス休職制度というものが創設され、半年から2年までの期間、有給でフルタイムボランティアができることになりました。
  もっと深く広く地域の活動に関わってみたいと思っていた事と、入社25年、年齢も50の大台を迎え、これからの事を少し会社と距離をおいて考えたいという思いで是非この休職をとりたいと思うようになりました。
  当時手掛けていた仕事がほぼ一区切りついたのは休職制度が設けられてから2年過ぎた時でした。
  休職申請手続きは上司を経由する必要はありませんが、上司から新たなミッションを依頼され休暇をとるのをさらに1年延期することになりました。それにしても平成不況の真っ只中、よく承認してもらえたなと思っています。
  ボランティアの活動メニューは、ハンディキャップの運転や事務局の手伝い、病院の案内ボランティア、身寄りのない高齢者宅訪問、障害者/高齢者の訪問介助、ボランティア情報提供に関するタスク、と盛りだくさんで、週刊スケジュールを立てて動きました。
  始めてみると、自分の住んでいる街なのに道路一つとっても幹線道路しかわからない。ウィークデイの街、様々な家庭、地域の福祉、いろんな事が少しずつ見えてきて地元という感じがしてきました。ボランティアでは指示・命令される事はあまりありません。自分の責任で自分で考え、行動します。これは常に何らかの指示・命令で働いてきたサラリーマンの自分にとって貴重な体験でした。
  楽しく充実した1年はあっという間に過ぎ、また背広で通勤の日々に…新しい部署で新しい仕事・仲間が待っていました。ここでは自分も担当プログラムを持つ事となり、今までほとんど管理に明け暮れていた自分を変える絶好の機会、ボランティア活動の経験が役立ちそうです。
  会社に戻って気がついたのは、いろんな人からボランティアについて話をしてほしいと言われる事です。関心を持っている人は非常に多い、ただ踏ん切りがつかないようです。 職場の中での社会貢献に関するムードは確かに変わりつつあるようです、近いうちにほとんどの人がごく当たり前に自分の身の丈にあった何等かの活動をしているようになっていると、期待を込めて思っているのですが…。

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