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DATUMS 1995.02
ザンビア→職場 めざせ「積極的お互い様」

木村 恵津子  (株)社会調査研究所 企画部

■きむら えつこ
 1964年東京生まれ。はじめての「他の人への活動」は小学校時代のオムツ縫い体験。87年立教大学文学部を卒業、(株)社会調査研究所入社。主として消費関連のアドホック調査を担当。92年、JOCV市場調査隊員としてザンビア共和国国立科学研究所に入所し、「家庭用燃料開発ミニプロジェクト」に参加。94年帰国・復職。


  92年、縁あって青年海外協力隊(JOCV)活動に加わった。私は今なお特別視されがちなボランティアという言葉もしくは領域が、少々歯がゆい。というのも、今回のJOCV活動を通してなおさら、ボランティアというのは「あなたも私もお互い様。だから今回は私の/あなたのする番」という、もっと自然に生活に入りこむべきことであって、参加者の目的は個人なりに別途発生していても構わないことだと思うからだ。
  ボランティア観は、未だに「自ら進んで人のために何をするか」という訳語がひとり歩きをしてしまっている。携わるひと達のことを「お金は持つべきでない」など聖職者風に考えたり、よほど豪傑でないとできないというような、評価者(想起者)から遠いところに位置づける風潮が残っているのも残念なことである。苦難を耐えるあり方は美徳かもしれないし、実際にそういう苦労をされている方も知人にはいるものの、率直に言って、社会への波及効果を考えると、そこまで堅苦しく考える必要はないではないか、と思うのである。もっと多くの人が気軽に参加できるよう、イメージや体質改革を自他ともにしていきたいものだ。
  さて、ザンビアの活動は省資源・環境保護・生活新提案をコンセプトに七輪と豆炭を都市部の低・中所得層に普及させるためのものであった。この活動を通して、草の根的な街角の主婦だけでなく、マーケットの商売ママ・劇団・官僚(大臣や省庁長官)・他国の協力隊員やシンクタンクなど、本邦だったら遠い存在の人々ともつながりをもつことができた。活動結果は早急に結実するものではないが、「より効果を生むためにはどうしたらいいのか?」という新たな課題を抱えての任期終了となった。職場復帰もこの過程の中にあり、活動はまだ継続中のつもりだ。
  経済環境が急変していた職場では、こうした休職をやはり是・否の双方からとらえているようだ。身勝手だけと思われたくないし、続く人を意識しているつもりだが、依然としてこの手の休職には「どうだった?」と積極的に尋ねてきてくれる人が少なく、非常にがっかりしてしまう(海外旅行の話は社内でも花盛りだが)。自分から語り部にならないとまだボランティア活動は一般化が難しい。
  ひょっとしてこの2年は会社という人の集まりが私に対して行ったボランティアだったのかもしれない、と考えればまた愉快な気分になってくる。最後に、現地のほうがボランティアを地でいっていることをご紹介したい。例えば乗り物内では子供は膝の上に乗せて座席をギューギューに詰め合うし、食べ物はシェアが原則であり、オフィスでも忌引き休暇は長く、入社年数が浅くても2か月位の有給休暇があったり…と、ここまでくると業務上支障をきたすものさえあるほどだが。私は、ゆとり創出のためにもこうした「積極的お互い様」で仲よく過ごすことを提案したい。

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