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DATUMS 1995.03
意識の変化を生き方の転機へ

田中 靖  観光労連中央執行委員

■たなか やすし
 1956年兵庫県姫路市生まれ。81年日本交通公社入社。90年労働情報センター事務局次長(専従)を経て、93年より現職(専従)


  1月28・29日の両日、親族の住む宝塚市と予備校時代になじみのある神戸市東灘区を歩いた。ほんの50mの違いで外観上は被害の軽微な地区とひどい地区が帯状に明確に分かれ、ひどい地区では木造の建物はひとつとして残ることなく跡形もなく崩壊していた。ビルや高速道路の崩壊とは比べるべくもないのだろうが、直下型地震のすさまじさをくっきりと示す刻印に強いショックを受けた。
  地震直後に多くの団体・企業で義援金や支援物資やボランティアなどの必要性が強く叫ばれ多くの善意が寄せられたが、本当に大変なのはこれからだと実感した。とくに家も家族も働く場も失くして、住宅ローンのみが残った人々の気持ちは察するに余りある。ガス・水道や電車・道路などが復旧した後も、継続的な支援が求められる。
  ひとくちに30万人と言うが、それぞれの被災者が抱え込んだ問題の大きさを身近に感じれば感じるほど、その数の膨大さに圧倒される。同時に世界の何百万人もの難民のことが想起された。一人ひとりの不幸はまさに悲劇であるが、自分にとっては今の今まで何万人を超える人々の不幸は単なる数値にしか過ぎなかったわけで言葉もない。
  バブル崩壊後に商品に対する意識が大きく変わったように、この地震を契機にして、この国における社会や生き方に対する意識も大きく変わるだろうと思っている。今回の震災のように関西エリアの1千万人を超える数の人々が未曾有の地震の恐怖を体験し、身内や知人が被災し、被災した当の本人から直接その経験を聞けるような災害はこの50年近くなかったわけで、好むと好まざると人々の意識を大きく変えるに違いない。
  手抜き工事や便乗値上げを行った企業や店舗は厳しい非難を浴びるだろう。無関心だった地方選挙においても、首長や議員は従来にない厳しい評価にさらされるだろう。
  他方、地域コミュニティの重要性や地方行政とボランティアの緊密な連携の必要性が改めて認識された。仕事中心の生き方についても、何が大事で何が幸せなのかを考えさせられた方も多いと思う。私たちはこのような意識の変化をとらえ、支援継続を呼びかけ続けるとともに今までの社会や生き方を問い直しいく大きな転機としていかねばならないと痛切に感じる。
  今年は戦後50周年にあたり、さまざまなイベントが企画されている。戦後の混乱を駆け抜け、高度成長の末に到達した社会はさまざまな大きな歪みを抱えている。1956年生まれの私にとって、戦争の悲惨さや甚大な被害は記録や伝聞から想像するしかない。しかし、企業の業績回復のみを模索したり、毎日の仕事につつがなく「没入」できる社会への復帰を求めるならば、現代よりもさらに企業中心の社会、高齢者や社会的弱者に対しさらに冷たい社会の到来を繰り返すだけになると危惧している。

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