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DATUMS 1995.04
価格破壊の今こそ、自分の舌で選びたい

吉江 真理子  フリーライタ

■よしえ まりこ
 1953年生まれ。出版社勤務を経て独立。マガジンハウスの雑誌『クロワッサン』等のライターとして活動中。JTA(日本トランスオーシャン航空)機内誌『コーラルウェイ』『週刊朝日』「のすたるじっくにっぽん」連載中。主なテーマは環境と食文化。沖縄の女たちの暮らし。医食同源や薬膳や長寿食、ホリスティック医学や東洋の気にも関心がある。


  7年前のことだ。バブル経済真っ盛りの頃、あるレストランのオープンに関わったことがある。不況の今ならとても考えたられないが、主婦感覚の発想やライターの意見が「新鮮」とされ、出版関係の人間が他のメディアや業界に進出していったのだ。いま思うと冷や汗ものだが、私は一から勉強させていただく好機を得たのであった。
  先日久々に、このレストラン『旬味市場』で食事して驚いた。安い。しかも、質量ともに納得のいく本格的な和食を提供している。オープン当初のメニューに比べ、飽きのこないメニューがどっしりと揃っていた。正直言って期待していなかっただけにこの優秀な変身ぶりが嬉しくなった。
  この変化は、いま外食産業に起こっている価格破壊が良いほうに出た例とと考えられるように思う。不況対策として、徹底した仕入れ努力により値段を下げる。今まで目新しさやおしゃれ感覚で売っていたメニューを、品質本位のメニューに一新する。見栄より実質の時代である。この変身に成功して『旬味市場』は、時代のニーズにあった店に生まれ変わったと私は思う。
  価格破壊現象は今、巷にあふれている。まわりを見回してみよう。ガストに代表されるファミリーレストランやファーストフード店の新価格メニュー。大手スーパーの安い輸入野菜。そしてダイエーの100ビール。私たちの周囲には「今までの値段は一体なんだったの」という疑問がわいてくるほどお値頃な商品が続々登場している。やればできるじゃない、と思いがちだ。
  しかし、ちょっと待ってほしい。確かにこれらの安さは企業努力で可能になった。しかし、それは大量供給が可能な大手の企業にのみできることなのだ。あるいは、こうも言っていいかもしれない。今まで宣伝費や包装費などにかけていた経費を削れば、もっと安くなるのだ、とも。
  零細企業や個人商店はこの価格破壊にどう対応できるだろうか。小さな店では安く仕入れるのはむずかしい。あえて値下げに踏み切るなら、自らの身を削って労働時間を増やすなど努力するしかないだろう。
  安さばかりを追求すると、ここで思わぬ忘れ物をすることになる。それは、そういった店がこれまで築いてきた信用、あるいはポリシー(リサイクル等の環境に対しての考え方も含む)といった目に見えないもの。そして素材の身元、つまり安全性である。
  先日、スーパーで安いイチゴを買い、味わってみて驚いた。苦いのである、薬臭いような。いつも生協で注文するイチゴは確かに割り高だが、段違いに甘い。そのせいで舌が農薬などを感じるようになっているのだろうか。もしかすると野菜嫌いの子供のほとんどが、野菜本来の味を知らないだけなのじゃないか、と思えたのだった。
  消費者にとって安いことはいいことだ。しかし、こういう時代こそ「安さ」にのみ踊らされず、自分のものさしで選ぶことが大切なような気がする

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