[BACK]
DATUMS 1995.05
阪神大震災の労働問題

黒崎 隆雄  被災者労働者ユニオン委員長

■くろさき たかお
 1952年名古屋生まれ。1975年神戸地区労にアルバイトで入り、1984年から事務局次長。1994年12月、旧地区労解散にともない解雇。11月から新・神戸地区労事務局長(非専従)、現在雇用保険受給中。


  阪神大震災は家を奪い、家族を奪ったが、さらに「職」と「食」をも奪った。私たちが2月5日から開設した「阪神大震災・労働・雇用ホットライン」には毎日相談の電話が鳴り続け、3月末までに1,300件に及ぶ相談が寄せられることになった。そのほとんど9割以上が「解雇」と「雇用保険受給」についてだった。
  1月中は、各事業所とも従業員の安否確認や瓦礫の処理などに追われるいわば混乱状態であり、一目瞭然で“判断された”事業所、とりわけ小零細事業所での解雇が多数を占めた。ここでは正社員も同様に解雇されたが、多くの事業所が雇用保険にも入っておらず何の補償もなく放り出された。
  ある程度規模以上での解雇は2月に入ってから発生し、ここでは正社員の雇用は確保され、「雇用の調整弁」としてのパート・アルバイトが「はがき1枚、電話1本」で当然のように解雇された。ダイエー630人、そごう670人、カネテツデリカフーズ200人……というように。そして、3月末の年度末をめぐっても、「契約期限切れ」を利用してやはりパート・契約社員が解雇された。解雇事由はすべて地震であるが、その多くが安易な便乗解雇だった。
  正社員の配転による玉突き解雇も多く、選別解雇や高齢者・妊産婦など弱い立場の労働者が、「再建」されようとしている職場から排除されていることが明らかとなった。
  私たちは、解雇防止へ震災下の休業補償制度の普及に努めるとともに、雇用保険の遡及加入で給付が受けられるよう集団申請を組織した。そして行政に制度や窓口の改善を求めるとともに40社ほどの企業との交渉を進め、解雇の撤回、休業補償などを勝ち取り解決してきた。
  私たちの主張は単純である。全国の仲間が、神戸の被災者を支援し神戸の企業がんばれと応援してしているなかで、神戸の企業が労働者の首を切り、生活を奪うことがあっていいのか、神戸の企業が応える道は、厳しくとも企業の社会的責任として「解雇」を回避し、苦しいけれども従業員共々がんばっていることを全国に示すことにあるのだ、と。
  この間、パートやアルバイトでも簡単には解雇できないことを示すなど働く者の権利を下支えし、労働組合の意義についても広げることができたのはないかと感じている。
  しかし、震災下であっても冷酷に貫こうとされる「資本の論理」に対抗する、労働組合本来の動きをつくり出せていない現状は重く受けとめなければならないのだと思う。

[BACK]