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DATUMS 1995.05
妻はフィリピーな

寺田 靖範  映画監督

■てらだ やすのり
 1964年愛知県生まれ。1988年早稲田大学社会科学部卒業後、専修学校日本映画学校に入学。在学中に製作した「妻はフィリピーな第一部」が1992年国際学生映画祭でドキュメンタリー部門を受賞。卒業後、「妻はフィリピーナ第二部」を発表(全2部)で日本映画監督協会新人賞(1933)を受賞した。


  「国際結婚って、大変だねえ」とよく言われる。同じ人間だといっても、実際に行動をともにしてみると、やはり日本人とフィリピン人は足並みが揃わないことが多い。些細なことから人生観まで、育ってきた環境が違えば当然価値観も異なる。そんな様子を傍らから見ていると、何と煩わしいことかと思うのだろう。
  私も、結婚してから1〜2年の間はずいぶん戸惑ったりイライラさせられた。妻からもよく「もうオマエとは離婚だ」と言われたものだ。彼女は喜怒哀楽が激しいので、沸点も低くけりゃ、怒ったときの剣幕もなかなかのものである。喧嘩の原因はささいなことなのだが、彼女にしてみれば外国で暮らすストレスもあったのだろう。
  しかし、幸か不幸か、私たちは何とか離婚せずに現在に至る。お互いに慣れてきて、いつの間にか異なる価値観が自分の中にもう一つ形成されたようだ。
  「妻はフィリピーナ」は、そんな私たち夫婦の結婚生活を1年半にわたって記録した映画である。経済格差という世のからくりの中で出会い、結婚した男と女が、悪戦苦闘しながらどのように家庭を築き上げていくか、という物語、既に完成後1年半が過ぎたが、この間少しでも多くの人にこの映画を見てもらおうと、上映活動を行ってきた。
  そのなかでも、オランダのロッテルダム映画祭で上映した時のことが、強く印象に残っている。予想以上に反響が大きかったからだ。欧州では、移民や外国人労働者に関して、様々な問題を抱えている。上映後のシンポジウムで、「好況期に安価な労働力を輸入し、彼等の人権を確立してきのだが、不況になってからは正直言って彼等の存在を持て余している。この問題に関して、我々は失敗した。日本は同じ過ちをおかさないようにしてほしい」という意見が出た。
  国内の上映会では、映画が終わった後、身の上相談を受けることが少なくない。「息子がフィリピンの方と結婚したんですけど、何だか騙されているようなんです。フィリピンに家まで建ててあげたんですけど、大丈夫でしょうか」という年配の女性。また、インド人と結婚した女性は「周囲の無理解に私も悩んだので、映画のをみていろんなことを思い出し、胃が痛くなってしまった」とのこと。
  昨今の円高も手伝って、日本人が海外に出かける機会と外国人が日本に入国する機会がますます増えることになりそうである。まず、国策のレベルで、外国人受け入れのシステムを整備することが急務になるだろう。そして個人のレベルでは、外国人ときちんと対話をしていくことが今まで以上に必要になる。
  シンポジウムを聞いていた妻は「オマエたち日本人は何かつけてインターナショナルって。英語さえろくにしゃべれないくせによく言うよ」と鼻で笑う。難しいこと言わなくても要するに「皆、同じ人間ってことだろ」とも言われてしまった。
  外国人の人権擁護や差別撤廃が映画のテーマではないが、上映会を続けていくなかでこれらの問題を避けられなくなった。少しでもお互いに暮らしやすい環境になるよう、微力を尽くしたいと考えている。

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