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DATUMS 1995.08
まちづくりマスタープランを完成して

金井 透

■かない とおる
 1968年、東京生まれ。東京大学大学院(建築)在学中。


  3年半あまり、事務局として取り組んできた、市民の手による「日野・まちづくりマスタープラン」がようやく完成した。東京都・多摩地域の小都市、日野という舞台がこれからどうなっていくのか、またどうなってほしいのか。自分たちのまちづくりを行政に任せきりにすることなく、自分たちで考えていきたい。そんな思いを実現する第一歩が、ようやく踏み出せたところである。
  日野市は、東京近郊のベッドタウンというひとことで語られるとはいえ、実はまだまだいろいろな立場の人の混在するまちである。たとえば、三代以上前から日野に住み、農業や商業を営む人。たかだか数年前に移ってきたばかりで、団地や建売住宅に住む典型的な新住民。都心部に職を持ち、日野には寝に帰るだけという人。マスタープランを創る上で私たちが何より大切にしたのは、異なる立場でさまざまな意見を持つ人々が、それぞれの立場を尊重しながら忌憚なく意見を出し合い、提案をまとめていくプロセスである。
  何の方向づけもなく虫食い状にスプロールが進み、東京近郊のどこにでも見られるようなありふれたまち「ベッドタウン」になってしまう前に、何かできることはないのか。市民だからこそできる提案があるはずなのである。
  今、さまざまな立場、さまざまな地域の方から問い合わせをいただいているが、何人かに一人は必ず尋ねてくる。「これを完成させて、これからどうするのですか」と。実は、私たちにもはっきりした考えはないのだ。
  ただ、一つには、私たちがしてきたような動きを、多摩の、あるいは日本中の他の地域でも起こしてもらいたいということ。日野のまちづくりが周辺と切り離されて単独で存在しているわけではなく、法律や税金の問題など、他の地域と共通するテーマも多い。文殊の知恵ではないが、こうした取り組みが増えていけば、互いに共有できるノウハウも増えていくのではないだろうか。
  二つ目には、日野の中で特定の地域を取り上げて、より具体的かつ小規模な計画を、やはり市民の手で提案してみたいということである。仮にどんな立派なものを創ったとしても(私たちのものが立派などと考えるつもりはさらさらないが)、抽象的な理念だけでは説得力がない。
  モデル地域を設定して地域計画まで提案し初めて、本当にまちづくりに市民が参加したといえるのではないだろうか。私たちの「一歩」は、本当にまだ踏み出されたばかりである。

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