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DATUMS 1995.09
「島々の時代」−バリ島とマンハッタン

永淵 康之  名古屋工業大学人文社会教室助教授

■ながぶち やすゆき
 1959年生まれ。大阪大学人間科学部卒、同大学院退学。1984年から86年までバリ島にあるウダヤナ大学留学。1991年から93年までバリ社会の歴史に関する調査のためアメリカ・カリフォルニア大学バークレー校、オランダ。ライデン大学客員研究員。現在、名古屋工業大学で文化人類学を教える。



  アメリカ、特にニューヨークの1920年代を「島々の時代」と呼んだのは、文芸評論家のマルカム・カウリーであった。
  第一次世界大戦後、都市文明の頂点をきわめつつあったマンハッタンにあって、いきすぎた物質文明、激しい競争にあけくれる毎日の生活からぜひとも逃げ出したい、そうした脱出願望の行き先として選ばれたのが太平洋やカリブ諸島の島々であった。
  彼らは、そこに文明との対極をなす調和と精神性にみちた文化をあらためて見いだしていた。島に赴き、できれば少しのあいだでも生活してみたいと彼らは憧れ、それがかなわなければ食べ物、ファッション、音楽、芸術、思想において島々から受けとりうるものを取りいれようとしたのである。
  ミゲル・コバルビアス、ジェーン・ベロ、コリン・マクフィー、マーガレット・ミード、芸術家から人類学者にいたるこうした人たちは、1930年代バリ島に住んで貴重な記述や研究を残し、この島の名前を高らしめたわけだが、彼らはそろってこの20年代のニューヨークの住人であった。バリ島は「島々の時代」に取り込まれた島のひとつだったのである。 私のように文化人類学にかかわる人間として、この学問自体がまさにこの時代のニューヨークを中心に発展し、脱出願望と調和と精神性に満ちた文化への憧れを背景としていたという事実は興味深い。
 しかしそれと同時に、ここでバリ島のイメージの世界的流通を考えるうえで注目したいのは、マンハッタンが消費文化のまっただなかにあり、「島々の時代」の感性がマーケットを用意し、それをめがけて文化が商品となった事実である。
  「バリ島」出版をめぐるコバルビアスの活動をみると、この点がはっきりしている。バリ文化紹介の決定版として著名なこの本は、1937年ニューヨークで出版された。著者は、「イラストレーター」として20年代のマンハッタンのスターのひとりであった。
  また彼がハーレムを舞台としてこの時期花開いた黒人文化の紹介者であったことは、彼が「島々の時代」の立役者であり、バリをめぐる著書もその延長線上にあったことを物語っている。
  とはいえ、高級出版社から発売されたこの本は、編集方針、事前の宣伝、そしてクリスマスプレゼントに焦点を定めた発売日設定にいたるま数々の戦略が織り込まれた洗練された商品であった。
  そしてコバルビアス自身、本の発売と同時に、バリの神様の模様をプリントしたワンピースを有名デパートから売り出し、それを飾るショー・ウインドウをバリ風に飾ってみせたのである。
  時代性と資本主義が重なりあう独自のモードの中で、1920年代から30年代のマンハッタンはバリ文化を受けとめていた。文化イメージが流通するためには、こうした受け入れ側の状況が作用していたのである。

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