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DATUMS 1996.10
カルチャーから旅の広がりが
 ―旅と学習と出会い「エルダーホステル協会」


小林 千代子  エルダーホステル協会会員

■こばやし ちよこ
 1924年千葉県生まれ。現在大阪府に在住。絵画を描くことを生き甲斐とし、毎年「光風会展」「京展」に出品している。主な楽しみは「旅」。


  その日私達は、日本学講座で来日したアメリカのエルダーホステラーを案内すべく、国際交流センターに来ていました。さあ出発という時「あなたの着ているそのセーターはワシントン大学のですね」あるカップルに声をかけられました。「ええ。去年私はエルダーホステルのハワイ・シアトルプログラムに参加しましたので、その時に買ったのです」「おお、私はシアトルに住んでいます」それがきっかけとなって、プリングル夫妻と私共夫婦との旅のつきあいが始りました。
  さて、その1990年のハワイ・シアトル講座とは。ある朝何気なく見ていた新聞の片隅に「旅をしつつ学ぶ。大学の寮に滞在。エルダーホステル協会」の小さな記事。これは面白そうと早速夫婦で入会し、参加。そのハワイ大学のキャンパスは陽光煌き、黄色や真紅の花が咲き乱れ、その上とても静かでした。メンバー29人と共に午前は授業、午後は見学です。
  ハワイの地理と言語」「カメハメハ王朝と君主政治」等の講義。フラダンスも習得しました。講師陣の熱の入った講義に予想した居眠りも出ずじまい。学生を交えてのキャフェテリアの食事。そして1週間の後、朝夕散歩した芝生の小径にも別れを告げて次のシアトルへ。そこでの講義のうち「アメリカの社会と法律」では、陪審制度の問題点等。「アメリカ人女性」のテーマでは離婚を含むアメリカ女性のきびしい現状が、ミセス・ノブコ・ヒューストンによって語られました。これらは日本に居ても知り得る知識でしょうが、アメリカの空気の中で、アメリカの空を教室の窓から眺めつつ聞くのとでは、実感として大きな差がありました。見学で訪れたシアトル港には、陸揚げされたばかりの日本車が見渡す限り……。
  あれから6年後の今、日本の経済、女性の就職難等、様変わりしています。これらのハードルを越えてこそ更なるパワーが身につくのかもしれません。ともかく夫婦で机を並べて勉強したり、連れだって見学をするのは楽しい経験でした。「まさかこんなチャンスがあろうとは!」のまさか、まさかの連続でした。講座修了の日、アメリカ側のホステラーとの合同パーティで、彼等が「ユア・マイ・サンシャイン」を合唱したのは誠に印象的でした。
  そして、そのシアトルで見学に訪れたワシントン大学のシンボルマーク、ハスキー犬のついたセーターが最初にお話したプリングルさんの目にとまった訳です。それも実を言うと息子への土産として買ったのですが、当日交流センターに出掛ける時「一寸うすら寒いかしら」と、拝借してひっかけて行ったのが御縁となって、以来、私達はアメリカと日本をお互いに行ったり来たり。私が彼等から感じたものは「旅と買物」ではなくて「旅と体験」でした。
  先日は4人でカナダへサーモンフイッシング。「偶然の重なり合いが、人生そのものではないかしら?」バンクーバーからナナイモへのフェリーの甲板で海を眺めながら私はそう思いました。あの時、エルダーホステルの記事が私の目にとまらなかったら……。あの時、ワシントン大学のセーターを私が着ていなかったら……。金婚式を迎えた私達は「本当? 小林さん。本当に鮭釣りにカナダまで行くの?」半ば羨望、半ば疑わしい目つきの友人達を後に、愉快な旅に出掛けたのでした。

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