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DATUMS 1996.11
個の成熟と癒しを求める社会

深澤 純子  (財)安田生命社会事業団・ヒューマンサービスセンター

■ふかざわ じゅんこ
 1951年横浜生まれ。多摩美術大学卒業後、同大助手を勤める。89年より現職。同センターでは、心の悩みを聞く相談と、アートによる自分解放の場づくりを行なう。最近の傾向は20代、30代が多いことと男性が増えていること。個人的な活動として、女性とアートについての研究と実践を行なっている。


  何らかの理由で人生の方向転換をしなければならない節目が、誰にもあると思う。たとえば仕事を辞めたとか、離婚とか。自分の生き方をじっくりと見つめ、心ゆくまで人と語りあい、新たな方向に踏み出そうというときには、「昨日から今日へ」という慌ただしいものではない時間の経過が必要だろう。
  数年前に訪れたアメリカ、カリフォルニアのエサリン研究所での滞在は、現在の日本社会に“ありそうで、ない”個人の長期の余暇の過ごし方を体感することができた。
  エサリン研究所は1962年にヒューマニスティック・サイコロジーのワークショップの実践の場として創設された。さらにヨガや、太極拳、瞑想など東洋思想、絵画や音楽、ダンス、演劇などの芸術表現を応用したセラピー、アルコール依存などの自助グループなど、新しいプログラムも取り入れられ、長期の滞在で心身の養生をはかり、バランスを取り戻そうという人々が、自分自身に向き合う時間を過ごす。のんびりと、しかし真剣に。大平洋に面した細長い敷地内には天然温泉の露天風呂があり、野菜やくだものの畑、豊かな森林とせせらぎを縫う散歩道があり、そこここに一人でぼんやりとしている人の姿があった。
  平均して 100人以上はいる滞在者もカップルよりは、一人で来ている人の方が断然多かった。日本で見られる「仲良しグループ」風の集団はいなかった。
  日本社会では、どこでも一人でいることの方が変なふうに見られるし、一人でいることは経済的にも物理的にも不利で不便という不自由さを感じさせられてしまう。
  幼稚園、学校から始まって、職場、地域、さまざまな特徴や目的を持ったグループ、そして老人ケアの場に至るまで、日常生活では同質の人々が集団で何かをしなければならないことが多い。そこには同質の人間が持つ共通性にある種の気安さがあることは確かであろう。しかし集団に属することが余り得意でない人、また個人の生き方としてそれをよしとしない少数者も常に居る。またふだんはそういう集団や組織で活動していても、誰にも「一人になりたい」時がある。
  「自分探し」が流行語のようになっているが、日常のしがらみから遠く離れて、安心して一人になれる場があってはじめて自分を見つめるという作業に没頭できる。そのような場のディテールをイメージし、実現できるようになってはじめて日本社会における個の成熟の時代といえるのではないだろうか。

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