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DATUMS 1996.01
労働組合が取り組む社会貢献活動

逢見 直人  ゼンセン同盟常任中央執行委員

■おうみ なおと
 1954年北海道生まれ。1976年一橋大学卒業、同年4月ゼンセン同盟書記局に入る。労働政策部長、千葉県支部長を経て、88年より現職。ゼンセン同盟結成50周年を記念した社会貢献活動を進めている。主な著書に「現代ホワイトカラーの労働問題」(共著)「人事・労働管理」(共著)


  1995年は阪神大震災、オウム事件、沖縄の米兵による少女暴行事件など暗いことが多い1年であった。今年は何としても明るい年にしたいものだと思うのは私1人ではあるまい。「災い転じて…」という諺があるが、新しい年になったことを区切りとして、95年を語るときに忘れることのできない、震災とオウムの2つの問題を労働組合がどう受け止めるべきかを考えて、新たなステップとしたい。
  まず、阪神大震災。多くの犠牲者を出したこの震災では、政府の危機管理や初動体制の問題、自衛隊と地方自治体の関係、国外からの救援の受入れ体制など多くの問題点が指摘された。政府や自治体の対応の遅れに比べて、民間の立ち上がりは早かった。企業は従業員の安否の確認をはじめるとほぼ同時に水や緊急物資の提供などを、自発的に始めた。市民ボランティアも活躍した。阪神大震災では延べ百万人以上がボランティア活動したと言われている。私も阪神大震災の時は、ゼンセン同盟の一員としてボランティア活動に参加した。この震災でボランティアがいなかったら避難所や救援物資の輸送に大混乱をきたしていたことは想像に難くない。都会での人間関係が薄れているといわれるが、いざという時には、人と人との助け合いが何よりも大切であることを、この震災が教えてくれた。
  次にオウム真理教の事件である。この事件でショックだったのは、ヨガを中心にした厳しい自己鍛練の教団というオモテの顔に対して、出家やお布施を強要したり、教団の方針に疑問を感じた人間を、簡単に殺戮(ポア)してしまうという自己中心的なウラの顔があったことであり、そのウラの顔を実行してきたグループが一流大学を卒業してきた若者であったことだろう。
  思春期の若者が人間の生と死について関心を抱き、人生いかに生きるべきかを考えることは、洋の東西を問わず、繰り返されてきた。旧制高校の学生が「人生は不可解なり」という遺書を残して、華厳の滝から身を投げたことは有名である。既存の宗教が、こうした現代の若者の関心に応えられなかったという問題もあるが、人間の死を、テレビゲームのように簡単に考えて、行動してしまうところに、私は驚いた。
  世の中はカネがすべてではない、カネでは買えない大切なものがあるという意識、地球よりも重い人間の命を大切にする心、人と人とが助け合い、そうすることに心から感動すること。いつのまにか、私たちはこうした大切な部分をいつのまにか、忘れてしまっていたのかもしれない。
  私は、労働組合は単なるモノ取り集団であってはならないと考えている。自分たちの労働条件を上げることは、もちろん重要なことである。しかしそれだけで終わってはならない。その意味で、社会貢献活動に力を入れる労働組合が増えつつあることはたのもしいことである。

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