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DATUMS 1996.05
盲ろう者として生きて

福島 智  全国盲ろう者協会理事

■ふくしま さとる
 1962年兵庫県生まれ。9歳で失明、18歳で失聴し、全盲ろうの重複障害となる。その後、指点字というコミュニケーション手段を発見し、筑波大学付属盲学校高等部から東京都立大学人文学部に入学。日本の盲ろう者として初の大学進学を果たし、大学院で障害児童教育を専攻。現在、日本社会事業大学非常勤講師。96年4月「第30回吉川英治文化賞」を母親と共同受賞。著書に『渡辺荘の宇宙人』『指で聴く』ほか。。


  梅の香る頃、妻と熱海にでかけた。宿の朝、私は洗面所で妻を呼んだ。「おい、ちょっと見てくれ。アフター・シェイブローションのビンはどれや? なんや、ようけビンがあるな。これはヘア・トニックとちゃうか? おい、お前どこにおるんや?」私は目が見えないから、ビンのラベルが分からない。
  いくら呼んでも、妻の返事がない。おかしい。さほど広くもない部屋だから、私の声はきこえているはずだが……。仕方なく、匂いから判断して、多分これだろうと思うものを、私はヒゲそり後の肌にすりこんだ。
  しばらくして、妻が話しかけてきた。「ああ、ごめん。トイレにいってたのよ」 私は耳も全く聞こえない。自分では声で話せるが、相手の言葉は、指先に直接タッチしてもらう<指点字>という方法で<聞いて>いる。だから、いくらトイレの中で妻が返事をしたとしても、私には聞こえないし、ドア越しでは指点字もできないわけだ。妻がおかしそうに言う。「でもね、あなたが『おい、おい』って言う度に、ちょうどご飯の準備に来ていたお姉さんが、『はあい、はあい』って返事してくれていたわよ」
  私のように、目と耳に障害を併せ持つ者を、<盲ろう者>という。誰でも知っている盲ろう者はヘレン・ケラーだろう。しかし、日本に盲ろう者が2万人前後もいる、ということを知っている人は少ない。盲ろう者は皆、程度の差こそあれ、単独での歩行や他者とのコミュニケーションに困難を抱えている。それをサポートするのが、<通訳・介助者>である。
  電話やファックス、点字ではない普通字の郵便の処理ができない盲ろう者には、サポートが不可欠だ。また、役所や病院にでかけたり、会議に出席したり、といった<かたい>内容の外出はもちろん、スポーツや食べ歩き、気ままなショッピング、といった<柔らかい>内容の外出にも、通訳・介助者はどうしても必要である。
  旅も例外ではない。何人かの盲ろう者が通訳・介助者と、旅行を楽しむこともある。潮風を吸い込みながら、山道をゆく。そして、旬の海の幸を味わう……。<光>と<音>のない世界にあっても、仲間の手があれば、旅の醍醐味を味わえる。
  そして、その旅は、旅行というだけでなく、<人生の旅>も同様である。私たち盲ろう者は、人では旅ができないのと同じく、一人では生きていけない。多分それは、あなたの場合も。何故なら誰しも、<人生の旅>には、他者の助けが必要だから。盲ろう者と<旅>を共にする人が、一人でも増えることを願ってやまない。

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