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DATUMS 1996.07
Japan's Elli's Island―貴美旅館と「キミ・インフォメーション・サービス」

湊 貴三郎  貴美旅館代表 (取材:フェミックス中村泰子)

■みなと きさぶろう
 1952年東京生まれ。立教大学経済学部卒業。大学3年のとき単独で8か月かけてソビエト連邦(当時)から北欧、ヨーロッパ、モロッコ、アメリカを旅した。その経験から、兄弟3人で実家が経営していた日本旅館を外国人を受け入れることのできる旅館にした。旅館の近くでレストラン「シェ・キーボー」を経営。


  派出所で「貴美旅館」と口にした途端に、英語の地図を手渡された。池袋駅西口から歩いて5分。成田空港から貴美旅館に直行する宿泊客も多いというが、これなら迷うことはない。外国人向けの安い日本旅館と聞いてさびれた和風旅館を想像していたが、リュックを背負って気安く入るにはちょっと勇気がいりそうな、コンクリート打ちっぱなしの超モダンな外観に驚いた。玄関に入ると、水を打った敷石とさりげなく生けられた花、磨き込まれた木の床が独特の風情を醸し出していた。
  現在の貴美旅館は1985年の区画整理を機に建て替えられたもので、客室48室、収容人数100 人。シングル4500円、ミディアム(2人)6500円、ラージ(2人)7500円。できるだけたくさんの部屋を低料金で提供できるように設計上の工夫がこらされている。部屋は狭いという印象は否めないものの、ラウンジが玄関脇に広く設けられており、宿泊者たちの交流と情報交換の場となっている。
  貴三郎さんは、宿泊客や友人たちから“キボ”という愛称で親しまれている湊家3兄弟の次男である。
 「うちは男兄弟3人なんですが、みんな学生のころ世界一周の貧乏旅行をしているんです。まず、兄がアメリカからヨーロッパを回りました。1ドル 360円、羽田で親族が見送ったような時代です。兄に触発されて僕も大学3年のとき、兄とは逆コースで、8か月かけて世界を回りました。お金がなくなると皿洗いをしたりしながら旅を続けました。弟も、中国から東南アジア経由でヨーロッパ、アメリカと1年半かけて世界を回りました。その時のそれぞれの苦労や体験が、兄弟3人で、実家の旅館を外国人を安く受け入れる旅館にしたきっかけです。自分たちも行く先々で安い宿を探しましたし、外国人旅行者からも日本の安い宿を紹介してくれと言われましたから、外国人を受け入れる宿というのは当たるかもしれないと思ったわけです。また、日本に関心をもち、少ない予算で旅行するごく普通の人たちに、言葉の心配もなく安心して泊まれる宿を提供することで、日本の素顔を見てもらいたいと思いました」。
  1970年代半ばから外国人を受け入れ始めた。しばらくはなかなか軌道に乗らなかったが、次第に口コミでお客が増え、80年以降は日本でも珍しい外国人専用旅館となった。「お客さんに支えられてきた」という湊さんの言葉通り、区画整理で取り壊しが決まったときも「私たちが気安く泊まれる和風旅館をなくさないで」という利用者の強い要望に押され、同じ様式の旅館を新築することに決めたという。宣伝はほとんどしていないが、通常はほぼ満室状態で、稼働率は80%を超えるという。
  貴美旅館の大切にしているものに宿泊客の交流と情報提供がある。「僕も旅行をしていたとき、ユースホステルなどで他の旅行者と直接触れ合って、情報交換したことが一番役に立ちました。世界各国からいろいろな人たちが宿泊し、ラウンジで話し込み、メッセージを残していきました。だからラウンジは貴美旅館の<心臓>なんです」。
  また、ラウンジの壁に貼られているさまざまな情報。これを支えるのが“キミ・インフォメーション・センター”で、当初宿泊客を対象に行っていたこれらのサービスを、三男の透さんが近所に事務所を構えてビジネスとして独立させた。長期滞在者のための求人情報やアパートの紹介、不用品や安売りの案内、電話の取次など日本での生活に必要なさまざまなサービスを提供するほか、現在は英会話学校も経営している。
  3兄弟の体験と豊富なアイディアに支えられた貴美旅館は、宿泊客のあるジャーナリストが“Japan's Elli's Island” (日本のエリス島/エリス島は自由の女神のある島。かつて夢を求めてアメリカに渡った人々は入国審査のため、まずこの島を通過した)と呼んだように“日本に来る人たちが最初に訪れる場所”となっている。

●貴美旅館:東京都豊島区池袋2丁目36番8号
      TEL 03-3971-3766

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