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DATUMS 1996.08
NPOがつくる新しい日本地図

山岸 秀雄  (株)第一総合研究所代表、NPO推進フォーラム運営委員

■やまぎし ひでお
 1946年生まれ。法政大学社会学部応用経済学科卒業。日本電信電話公社(現NTT)勤務を経て、現在 (株)第一総合研究所、(株)第一書林の代表。環境庁の「法人格の取得方策等環境NGOの支援に関する研究会」委員、労働省の「阪神・淡路大震災関連の勤労者ボランティア研究会」委員。編著書『市民がつくる地域福祉』他。


  私にはNPO(民間非営利組織)という道具で新しい日本地図を描いてやろうという野望がある。地図をつくるためには、現地におもむいて、現地の実状とやらを測量したり説明したりしなくてはならない。何よりも「そそのかし」術が必要だ。
  あまりにもあたりまえの言葉だが、日本中にNPOを広めようという野望達成のためには、人に「会うこと、会うこと、会うこと」「話すこと、話すこと」この基本を忘れてはならない。なにしろ私はNPOを語り、成熟した市民社会をつくるための営業マンであり「革命家」だからである。
  この1年間、北海道、東北(仙台市)、中国地方(広島市)、千葉、埼玉、名古屋、九州(博多市)とよばれたり、おしかけたりの旅をして、NPOの地図づくりにはげんだ。その勢いをかって、昨年秋にサンフランシスコで日米NPO市民会議を開催するまでになった。地図にはまだまだ穴があいているが、NPO推進フォーラムのメンバーや他の市民団体と一緒に間もなく日本中にNPOの風が送りこまれるだろう。NPOの風が一気に日本中にかけぬけるようになったのは、阪神大震災が契機になった。大震災の悲惨な姿を前にして、一つの光明をとりだすとしたら、多数のボランティアの登場であろう。国民はボランティアがなんであるかを知り、国会はボランティア促進法の検討をはじめ、同時にそれはNPO法(市民活動促進法)という市民活動全般の活動促進をめざす法律として、全政党が法案を出し、繰り返し検討するまでになった。私はNPO法の意義と議員立法に賛同して、毎週のように国会に通い、法案づくりに深くかかわった。
  今国会での成立は見送られ、政治の貧困をそのまま体現する結果に深い憤りを感じている。NPO法案は先のばしになったが、NPOへの流れはとまらない。地域福祉、障害者、環境、街づくり、外国人問題、人権、芸術、あらゆる社会問題の分野でNPOをつくろうとし、行政、企業、大学、労組、生協‥‥など、社会全体でNPOを支援、発展させる活動を始めている。
 NPOは市民の自立的・自発的な活動や豊かなアイデアを形にし、多元化社会を実現する道具であり、アドボカシー(提言型活動)によって、市民社会を市民自らがつくっていくことを可能にする。
  動きの早いのは行政だ。今年の4月に神奈川県は県民サポートセンター(6フロア分の規模)を開設し、都庁は検討懇談会を発足させ、各県も同様の検討を始めている。環境庁は青山の国連大学の1階に環境パートナーシッププラザを開設するなど、次々とNPOサポートセンターを登場させている。労働省のボランティアセンター(新宿)などもあわせてNPO・ボランティアへの支援は着実に動いている。
  だが、NPOサポートシステムはこれらの社会的システムと同時に、最も根本的なところでは、いうまでもなく市民自身のサポートシステムへの取り組みを急がねばならないことだ。
  私たちはいよいよ9月に各地、各分野、社会の各セクションにわたるNPO実現、支援の資源を地域で結集するサポートセンターの連絡会をスタートさせようとしている。同時に市民の情報ネットワークを拡大し、大学研究者などの力を合わせるためのシンクタンク機能の充実をめざし、NPO学会準備会のスタートとともに人材情報バンクも拡大したいと準備を進めている。NPOが日本地図を埋め、市民がNPOを使いこなしたとき、自らの生き方をデザインすることができる。成熟した市民社会の地図は、市民自身によって描かれることを願っている。

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