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DATUMS 1997.11
日本のパブリック・アクセスの展望

津田 正夫  東邦学園短期大学教授

■つだ まさお
 1943年金沢市生まれ。66年京都大学経済学部経済学科卒業後、NHKに入局。報道番組コーディネーター、番組開発プロデューサーなど29年間勤める。95年から東邦学園短期大学経営情報科教授。(財)アジア保健研修所評議員、岐阜県「女性の21世紀委員会」委員。共著書に『農村と国際結婚』『テレビジャーナリズムの現在』『長良川河口堰』『男性改造講座』など多数。


  情報化社会は、デジタル化を伴い、電話、衛星、地上波、ケーブル、インターネットなどを統合しながら、「多メディア・多チャンネル時代」として到来しつつあるかのようである。そうした多メディア・多チャンネル化は、これからの社会の主体になる一般市民の情報入手・意思決定・発信・問題解決などにどれだけ寄与するのだろうか。
  これまで一部の企業と官僚、政治家たちの利益に偏った近代主義・技術主義により破壊されてきた「人間の関係、対話、コミュニティ」が、激しく進行する情報化によって、よりいっそう破壊されてゆくのではなく、遅まきながら人間本位社会、市民社会の再生にむかってゆくためには、市民や市民団体が「情報」や「メディア」に対する基本的な姿勢、戦略的な視野をもっておかなければならないだろう。
  基本的な考え方とは「人間の関係、対話、コミュニティの再生」を展望するために、
1)市民の参加や自治による市民社会の形成と、その情報インフラとしてのメディアの活用のための、政府の政策・自治体の政策をどうつくるのか、
2)情報・メディア資本のありかたと、既存メディアの改革・開放、市民参加、再編の方策とその技術をどうつくりだすか、
3)情報・メディア関連の資源の再分配、制度の再構築、情報・メディア官僚制の改革をどう進めてゆくのか、といった視点を不可欠とするものでなくてはならない。
  その前提として、さまざまに蓄積された資源や制度、情報に対して「アクセスする権利」がなによりも市民自身に自覚されていなければ「市民の参加や自治による市民社会の形成」ははじまらない。情報公開制度はその大きな柱のひとつだが、大きな影響力をもつ既存のメディアに対するアクセス制度もまた大切な柱である。
  アメリカでは、1934年に最初の通信法がつくられたときから、地域社会に向けてテレビチャンネルの一部をオープンにすることが制度化されてきた。70年代以降CATVのめざましい発達と普及の中で、何回かの法制定と改正を重ねながら「市民の制作番組(パブリック・アクセス)」「地域大学などの制作による教育番組」「議会中継など自治体専用番組」の3種類のチャンネルを、ケーブル業者の独占料金を財源としてコミュニティに保証することを制度化してきた。とりわけ「パブリック・アクセス」は、市民がほとんど無条件で表現・発言・発信できる貴重な媒体であり、草の根民主主義の基盤のひとつである。
  今夏、私は全米30カ所のパブリック・アクセスとその支援制度を調査してきた。アメリカでは、98%の家庭にケーブルの端末が届き、67%が契約している現在、コミュニティ・アクセスチャンネルは全米で2000にもなり、パブリック・アクセスチャンネルは 700もある。その一部はNPOが運営する衛星を使って、全米に中継される。市民がテレビ番組を撮影、中継、制作してゆけるよう、簡単で実用的なトレーニングのためのアクセス・センターも数百カ所につくられている。また96年の通信法により、電話・インターネットをふくめて、“障害者”やマイノリティへのサービスをしっかりと確保してゆこうとしている。
  ところで、いったい日本には、どれだけの情報・メディア関連資本や設備、ソフト、人間が蓄積されているのか。その蓄積はだれの負担によって成立したのか。それらの潜在的資源、今後の開発可能性はどれほどあるのか。その蓄積は誰にむかってサービスされ、開発はだれの負担によって行なわれようといているのかが、議論の前提として基本的に明らかにされてゆかなければならない。市民のデータ・バンクはまずこの点の調査を開始すべきではないだろうか。

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