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DATUMS 1997.01
「人生をデザインする」ひとびと

河島 伸子  英国ウォーリック大学文化政策研究センター研究員

■かわしま のぶこ
 1986年東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒。在学中に米国コーネル大学留学。日本長期信用銀行勤務を経て、87年電通総研発足と共に入社。92?93年英国ロンドン大学(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)社会政策学部民間非営利セクター研究センターに留学、修士号取得(大和・新渡戸フェローシップ)。95年より現職。著書に『文化のパトロネージ』(編著・洋泉社、1991)『企業の社会貢献』(共著・日本経済新聞社、1991)他。専門分野は文化政策、アートマネジメント、社会政策、民間非営利団体のマネジメントなど。


  イギリスの大学院で「文化政策」という分野を教えて2年目になる。このコースで学ぶ学生の経歴と卒業後のキャリアを見ていると、イギリスでは会社などの「組織に入る」というよりは「自分のやりたいことをするために人生をデザインする」人たちが多いことに気づく。
  私の学生達は劇団などの文化団体、放送局やレコード会社などの文化産業、あるいは文化芸術に関わる助成団体・政府組織などで仕事をしていくことに興味を持っている。日本でもそういう人は特に若い女性に多く、私もずいぶん「アート・マネジメントに興味があるのですが、どのようにして仕事を探したらよいでしょうか」といった相談にのってきた。残念ながら日本の場合は、文化支援・文化事業に熱心な企業に就職したところで、そのような仕事に就けるという保障はない。同様に地方自治体に入っても、文化の担当となれる可能性は全く未知である。
  日本のジェネラリスト志向に対し、イギリスでは何らかの専門家でなければ逆に仕事がないので、皆若いときから自分が本当に興味のあることは何かを真剣に考え、大学を選ぶ。そして学生のうちに無給のアルバイトとして会社・組織に入り込み、実務経験を積んだり働いている人たちを観察して、将来設計に役立てている。文化というジャンルに関しては、日本同様にチャンスがふんだんにあるわけではないし、また日本のように一斉に就職時期というものがあるわけではないので、人脈づくりや空きポストに関する情報を常に得ていることは何より重要である。
  さてどこかに無事就職できたとして、一つの仕事をマスターした後、次に新しい可能性を開いていくためには、日本のように人事異動があるわけではないので、自分で転職していかなければならない。ここで大学院に入り、実務から一歩身をひいて分析能力や論理的思考を磨く人、あるいは実務上のスキルを得ようとする人など、アプローチに違いはあるものの、学生は明確な目的をもって大学院に来る。大学院に来るためにそれなりの犠牲も払っているので、コースから欲しいものを得ることにも熱心で、要求も高い。「何となく」大学院に来る人はいないし、また「漠然と文化に興味があるから」来る人もいない。
  とはいうものの専門家社会の問題点は実は少なくはない。「私の担当ではありません」というヨーロッパに典型的な言い方、ある人が転職し空いたポストが埋まるまでの空白期間の長さなどから、日本に比べ効率の悪い事態が起きることは少なくない。仕事における競争が激しくイギリスにおける労働時間はヨーロッパ内で問題となっているほど長い一方で、失業率が高いことも、仕事が専門化しているからであろう。
  それにしても、仕事の中でやりたいことを明確に持っている人にとって、日本はやりにくい国である。特にそれが社会的使命に関係する場合はなおさらのことである。イギリスであれば政府関係やNPOでその仕事を自分なりに広げていける可能性があるが、日本ではそうたやすくない。日本で今NPOが育っていることの背景には、NPOのサービスへの社会的ニーズが高まっていることもあろうが、一つは自分で仕事をデザインし、社会との関係をつくっていきたい人たちが増えているからではないだろうか。

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