[BACK]
DATUMS 1997.01
人々のつくるアメリカ−アメリカのシンクタンク

上野 真城子  アーバン・インスティテュート研究員

■うえの まきこ
 東京都生まれ。工学博士、都市・住宅政策研究者。1983年より家族とともに在米。86年より現職。近年の日本にノンプロフィットと独立シンクタンクを紹介することに最大の個人的努力を費やしてきている。日米英で政策研究論文、寄稿記事、編著書、多数。


オフィスの廊下で
  感謝祭からクリスマスにかけては私のいるワシントンのシンクタンク:アーバン・インスティテュートの国際センターが最もにぎやかな時である。世界中を飛び回っている研究員たちが、この時期は家族や友人と過ごそうと、ここに戻って来るからだ。ハンガリーで結婚したケーティーは新郎と大きなお腹でもどった。クレアのロシア人の彼氏は英語の勉強中。ジェフの風邪はスロバキアのものだ。オルガは息子をモスクワに連れて行ってきた。シーラのベービーシャワーをしなければ、などなどおしゃべりが廊下に伝わる。
  仕事の情報も研究員の個室間を慌ただしく行き来する。「コロンビアの地方財政問題が取れそうだ」「ロシアの事務所は70名を超えた」「アルバニアの政策検討は」「エジプトからシンクタンク照会がきている」「チリの住宅金融の見直しは」「スロバキアの自治体研修は」「東欧のシンクタンク動向をまとめる」「都市問題のソロス財団の動きは」「社会保障の国際比較研究助成の可能性は」……。現実の仕事と新規の仕事の展望がこうした会話から動いていく。
  この時期はまた研究員が自分の年間の達成事項を報告し、評価を受け、新年度の給料交渉をしなければならない。同時に上司の評価もする。日ごろの憤懣もこの時晴らす。インターネットとE-mailで情報はいつもいくらでも取り交わすことが出来るが、この時期、顔を見、廊下で立ち話することから生まれるものは実に大きい。これはいわば240名程のシンクタンクの力の源泉となる。
 
◇アメリカン・スピリット
  彼らは本当に強く逞しい。男女問わず、年齢を問わず、である。ロシアが、南米が、東欧が、その民主主義と市場経済化に苦労しているとなると、その政策形成のテクニックを持って、長期滞在を厭わず飛んで行く。そしてそこに2年も3年もかけて、その国の人々にノウハウを伝え、政策形成の能力が育つのを助ける。
  日本からアメリカを見る目に、アメリカの「大国」「帝国」主義、過剰な民主主義といったものがある。アメリカの自己中心、ご都合主義、お節介といった見方もある。しかし、私はそうした見方だけでは解けないアメリカを人々のなかに見る。様々な形で、様々なレベルで、働く人々は、それぞれのプロフェッションをかけ生活をかけ、そして人生のチャンスとチャレンジと思って国内でも国外でも動いている。そしてそうした集積として、アメリカが成り立っているのである。それは国家によって指示されたものではない、もちろん国家政府が出す資金は大きいとはいえ(決してそれだけではなく)、その使われ方は、どう使いたい、私がこうやる、という個人によって支えられているのである。
  民主主義を守り成長させるには、力強い市民とたくさんの知恵が必要で、またそのために相当の費用をかける必要があるものである。人々は国家は自分たちが造るものと思い、政府をより良きものに変えることが出来ると思っている。そしてその努力をする。だから政府への落胆も民主主義制度の欠陥と不満も大きい。しかしそれは民主主義への努力と投資を忌避し、怠慢と無関心からでてくるものではない。

◇21世紀への懸け橋
  日本人はこの14、5年ほど、経済的繁栄の中で、知的な努力と投資をさぼってしまったのではないだろうか。経済的繁栄は世界を見る鋭い目と知的な試行錯誤の厳しい鍛練を鈍らせた。その責めは単に官僚や政治家に帰するものではない。
  大統領の就任式が近いとはいえ、新年にはみな一気に平常の勤務に戻って行く。クリントンとゴーアを選択したアメリカは決して華やぎと輝きに満ちてはいない。しかし考え、知恵を持ち、行動する、そして飽きることを知らずユーモアに満ちた多くの人々を見るとき、アメリカはクールに確実に21世紀に向けての橋を架けていると私は思う。それは「超大国」といったものとしてでなく、苦悩しつつ「人々の国」としてである。

[BACK]