[BACK]
DATUMS 1997.09
日本のシンクタンクにもの申す

鈴木 崇弘  「日本財団」総務部企画課長

■すずき たかひろ
 1954年宇都宮市に生まれる。東京大学法学部政治学科卒業。マライ大学、イースト・ウエスト・センター奨学生として同センター及びハワイ大学大学院(政治学・未来学専攻、修士号取得)等に留学。内外のシンクタンク等、笹川平和財団を経て、現在日本財団に勤務。91--93年アーバン・インスティテュート(米国)アジャンクト・フェロー。主著に『世界のシンク・タンク』『政策形成と日本型シンクタンク』『政策形成の創出』(共に共著)などがあり、その他シンクタンク、政策及び未来学等に関する論文多数。


  民主主義社会は、変化、多様性およびプルーラリズム、そして競争性を容認する社会である。そこでは、申すまでもなく、先例主義が基本の政府・行政による活動や利益追求を基本とする企業による活動だけでは十分ではない。政治やメディアの働きやNPOなどの市民自体の活動等々のさまざまなチャンネルがあって、初めてそれらの要素がうまく機能するのである。そのうちでも、政策的な観点から言って重要なアクターであり、政策形成過程に多様な情報をインプットするチャンネルとして重要なものが、シンタタンクである。
  「シンクタンク」は「民主主義社会の中で、科学的な政策形成を促進するための公共政策研究機関」の一つで、「知 (学問)」と「治 (政治)」を結ぶ仲介装置である。別言すれば、シンクタンクは次のような組織と言える。

 1.民主主義社会で政策の執行者ではないが、政策に関する活動を行うアクターである。
 2.アカデミックな理論や方法論を用い、適正なデータに基づく科学的な政策形成のための組織である。
 3.具体的活動として、実効性ある政策的な助言や提案、政策の評価や監視等を行う組織である。
 4.活動を通じて、政策形成過程に多元性と競争を生み、市民の政治参加を促進し、そこにおける政府の独占の抑制を図る組織である。

  日本は、現在その混迷する国際社会において、その社会の制度疲労と新たなる方向性を見いだせない閉塞状況の中にいる。そこでは、正にこのようなシンクタンクこそが、大きくかつ重要な役割を果たせると言っても過言ではない。それは、米国のブルッキングス研究所をはじめとする様々なシンクタンクの形成過程の歴史を見れば明らかである。
  ところが、日本の「シンクタンク」は、現在のところ沈黙しており、日本社会や国際社会が直面する政策課題に果敢に挑戦し解決を図っているという話は聞かない。それは、日本では「シンクタンク」が、単なる調査研究機関のカタカナ言葉となっており、その本来の役割を果たしていないからである。
  他方、既存の「シンクタンク」でない組織から、新たなる動きがでている。それが、別記されている「構想日本」や「21世紀政策構想フォーラム」の発足であり、経済団体連合会の「21世紀政策研究所」の設立、市民が自ら政策・法を提案することを目指す「市民立法機構」や生活クラブの研究所である「市民セクター政策機構」の発足、本格的な民間非営利独立型シンクタンクを目指している「国際研究奨学財団」の設立などである。このような様々な特色のある組織ができることは、多様な意見や情報を政策形成にインプットするというシンクタンクの意義にも合致するところである。
  日本の既存の「シンクタンク」は、組織設立、資金そして税制をはじめとする多くの社会的制約を抱えていることは理解できるが、これらの新たなる動きと協力して、今こそシンクタンクの原点に立ち返り、本来の活動を若干なりとも行なうことが必要なのではないか。そして、それこそが迂遠ではあろうが、シンクタンク「業界」を真に確立し、世界レベルでもシンクタンクとして伍していける道を開いていくことになるであろう。

[BACK]