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DATUMS 1998.01
国際交流、基本は人と人!

新井 聖子  OECD、CERIアドミニストレーター

■あらい せいこ
 11989年、東京大学法学部政治学科卒業後文部省入省。92年--94年、ハーバード大学大学院に文部省からの奨学金で留学し修士号取得。94年--96年文部省、96年からOECD事務局(パリ)に勤務し現在に至る。


  現在、わたし自身「真の国際交流とは?」という課題を前に、日々格闘しながら国際機関に勤め、フランスという外国に暮らしています。
  いま、あらためてこの課題を前にいろいろと考えてみると、真の国際交流を成り立たせるために必要なことは、相手が誠意ある外国人と仮定した場合、まず自分自身も誠意を尽くすこと、相手と程よいバランスがとれて、ギブ・アンド・テイクの関係を保つこと、そして何より自分自身が安定したバランス軸を持ち相手や物事に対処しうることが重要なのではないでしょうか。
  もちろん国際交流を図る上で、言葉の問題が大きく影響することは事実です。ある程度の語学のレベルがありさえすれば、さして大きな障害とならないとするのは、あくまでも簡単な友人や知り合いの関係のみの場合であって、ビジネス的な要素が入ってくると、やはり言葉の問題は大きい気がします。特にビジネスの世界でE-メイルが日々の仕事のやりとりの重要な手段となってくるにつれて、言葉はわたしにとって思った以上に厳しい壁となっています。
  わたしの所属するOECD(経済協力開発機構)では、基本的に日本語でコンピュータが使用できないため、日本人どうしであっても、E-メイルで交信する場合英語を使います。したがって、ちょっとしたニュアンスの違いで相手に不快な印象を与えることも充分ありうるのです。ましてや外国人とE-メイルを交換する場合、これはさらに深刻な問題となります。
  E-メイルには相手の時間を邪魔しないという利点はありますが、やはり一番良いのは、相手に直接会って話をすること、それが無理なら、せめて電話でこちらの伝えたいニュアンスを相手にわかってもらうことが必要となります。
  また、そもそも相手の外国人がこちらと競争関係にあったり、こちらに対して差別意識を持っている時がありますが、こうした場合、誠意といったことのほかに、特別な交渉力を身に着けるといったことが必要となります。しかし、そのことについては、今回あえて私のように未熟なものがここで何か述べるというより、そうしたことについて百戦錬磨の方々の書かれた本を参照していただく方がよいと思います。
  ちなみに、OECDの役割は、基本的には各国間で履行義務の伴う正式な条約を作るということではなく、あくまで先進国間の様々な課題についての意見交換の場です。したがって会議の場においても、さほど牙をむいた議論が戦わされるわけではありません。それでも経済関係の会議を傍聴していると、やはり日本の存在の特殊性(OECDの中で96年12月に加盟した韓国と並んで、ただ二つのアジアからの加盟国です)と、それに対する圧迫を感じてしまうことがあります。
  自分が単なる旅行者であるときには、まず、笑顔で相手を見て、目で親愛のシグナルを送ることが国際交流の始まりです。しかし、相手と更に深い信頼関係を持つようにするためには、前に述べたように、誠意、バランスの取れたギブ・アンド・テイクと自分自身の軸の安定がキーとなります。
  このことは何も国際交流に限らず、日本人どうしの間でも成り立ちうる人間関係の基本であると最近つくづく思います。ただし、カルチャーによってそれらの表現方法が違うため、外国人に対してのときの方が日本人どうしのときより誤解が生まれやすいことは避けられません。残念ながらちょっとしたボタンの掛け違いで恐ろしい事態に陥ることも、実際にわたしの経験からもあるのです。

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